ローカル5Gは“地方創生”と一緒に発展していく
「ローカル5Gで武器は全部出揃った」という関西ブロードバンド株式会社代表取締役三須久氏と、彼の地域にかける想いを技術面でサポートする同取締役・宮﨑耕史氏、および富士通・森大樹氏の3名に、「農業ロボットによる農作業の自動化の実現」のためのローカル5G戦略の詳細を聞いた。
顧客76人で黒字にする
三須 ローカル5Gは“地方創生”と一緒に発展していくと考えています。なぜそう考えるかは、関西ブロードバンドがどういう経緯で生まれた会社なのかと大きく関係してきます。私自身、元々大阪出身ということもありますが、転機になったのは兵庫情報ハイウエイです。
1991年のアメリカのクリントン政権のときのゴア副大統領が各地のICTを育てるために、全米を覆うハイウエイ網をつくって民間企業に貸し出す全米規模のネットワークを構築しました。日本版情報ハイウエイはそれが28の都道府県で実施され、その兵庫県版に参加すべく関西ブロードバンドを創業したのです。兵庫県版は幹線の帯域が1.8Gビット/秒,そのうち1.2Gビット/秒を無料で民間に開放、アクセスポイント数は28カ所、へき地への設備設置には補助金制度も設ける、という進んだ考えを持っていました。我々は、その帯域貸し出しの認定第1号だったのです。
アクセスポイントはNTTの局内ですから、そちらから家まではメタルケーブルがつながっています。この神戸本社の1カ所ですべての家庭、兵庫550万人の家庭に繋がることになります。関西ブロードバンドは他のキャリアとは異なり、田舎のほうの局からADSL装置を置いて、都会へ向かっていく方策を選びました。「顧客76人で黒字にする」という目標を立てたのです。大手事業者はこんなことはやりません。
私の出自がKDD(現在のKDDI)でして、その頃、国策として海底ケーブルを敷設していました。各国の国策系通信会社と提携しながらエンド・ツー・エンドまで一気通貫で、ということが私たちの仕事だったのです。そのための基幹部分のケーブルを、海底なのか陸上なのかを問わず、各国の持っている光と貸し借りしながら相互接続協定を結びつつ、南極とか北極以外はつながるようにしていきました。繋がりにくいところこそ繋ぎたい、という想いはその頃から変わっていません。
それと同じ理屈を今回のローカル5Gに見出しているんです。私たちはローカル5Gというのは、ローカル戦略の5Gではなくて、ローカルで生計を成り立たせる5Gのツールという見方をしています。今回の実証実験(農業ロボットによる農作業の自動化の実現)でも最も私が重視するのは「それで利害関係者全員の生計が成り立つ」ということですね。
富士通とのコラボレーション
森 富士通はもともと通信キャリアさん向けの基地局ですとか、通信機器ですね、それを昔からご提供して、通信キャリアさんの通信サービスをお支えしてきた立場でもあります。もう一つは、民間の企業さん、あとは自治体さんですとか病院、学校さんも含めて、そういった民間及び自治体向けのソリューションサービスも展開しています。
3G/4G無線網はこれまで通信事業者のお客さまのものであったところが、今回の法制度の変更と5Gというテクノロジーの進化というところも含めて、一般企業や自治体への適用も可能になるローカル5G制度ということで、我々としては、今の富士通の主力事業、すなわち民間や公共のお客さま向けのソリューションやサービス事業ですが、そこに通信事業者のお客さま向けの事業で培った技術・ノウハウを展開して行けば、通信とソリューションの事業シナジーを出せるはず、というところに着目しています。
関西ブロードバンドさんはローカルに特化したサービスプロバイダなので、地域に根ざす形で、当社は技術的な面でバックアップする体制をとります。同時に制度化された自営BWA(Broadband Wireless Access)や、地域BWA及びアンライセンスバンドのLPWAやWi-Fiのワイヤレスネットワークも含めて、うまく組み合わせてルーラル(rural)な地域におけるサービス開発をサポートしたいと考えています。
農業分野の課題解決にローカル5Gを利用する
宮﨑 富士通さんとのお付き合いは、富士通鹿児島インフォネットのISP事業を弊社が担当し始めてからですね。鹿児島には富士通・鹿児島支店もありましたから、彼らも含め、徳之島でサトウキビのフィールドにサーバーを置くのをお手伝いさせていただいたり、鳥獣監視などの農業系ソリューションを一緒に開発していました。そしてその先の光ファイバと5Gのビジネスを検討していたところに、農水省のプロジェクトでも実績のある富士通さんからのお声がけもあり、今回の「農業分野における課題解決のためのローカル5G」という企画が持ち上がったのです。
三須 離島での農業に関しては鹿児島大学が非常に熱心ということもあり、今回のプロジェクトは、関西ブロードバンドが地域情報化ローカルキャリアの知見を提供し、富士通(ローカル5G、エッジ、クラウドの知見)、BTV(実証実験地域のローカルキャリアの知見)、鹿児島大学(地域情報化に関する専門家の知見)、ドリームワンカゴシマ(農業分野におけるLPWA活用の知見)、コンサル41(プロジェクト進捗管理)のお力を借りながら推進していきます。
私たち自身は、島嶼部と地元中心に動きますが、日本全国の有人離島とつながっていってもいいですよね。ローカル5Gがいいのは、都会と横一線でスタートできるところにある、と思います。
島嶼部は海に囲まれているから漁業で生計を立てていると思われがちですが、実際には大半が農業です。それも鹿児島近辺の島嶼部ならではの農業ということになると、サトウキビ、マンゴー、パイナップルなどいろいろあります。これら全てがローカル5Gで元気に育つための接点を、弊社が先頭を切って作っていきたいのです。
さらに、島嶼部は、交通、医療、教育についても正直、都会と比較すると明らかに遅れている。産婦人科がない島もまだまだたくさんあります。そういうところにこのローカル5Gというものを普及せしめていくことと共に、先ほど来申し上げています島民の方と私たちが相互利益を享受できるようなものをつくっていきたい。その課題に挑んでいくのは大変だなと思っているんですが、私たちには「76人で黒字にしてきた」実績があります。もちろんローカル5Gならではの未知数の部分が多いのは確かですが、なんとかなるだろう、という自信はあるのですね。
農業ロボットによる農作業の自動化の実現
宮﨑 今、まさにこのプロジェクトのキックオフが始まって1カ月経ちました。農業機械やドローンをローカル5Gで制御したり、生活領域では圃場(ほじょう)監視、鳥獣監視などを並行で走らせるのですが、大体、フィールドのほうに11月末か11月くらいまでに5Gの環境をつくって、そこからいろいろな実験を、制御系をやってですね、最終的にそれはそれでまとめていく。それをやりながら、実際にローカル5Gの設備・施設・回線を置きますから、それに基づいて大体どれくらいのコストがかかって、どれくらいの収入が必要だというビジネスモデルを並行で検討していくことになると思います。
ローカル時代の“ローカル5G
三須 ルーラル5Gではなくローカル5Gという言葉が重要ですね。都会の町にある工場も“ローカル”ですからね。例えば、ドイツのクラインガルテン(Kleingarten:農地の賃借制度)のように、農地付き、家付き、10年住んだらただであげます、ただしここでICTを活用してたまには農業もしてくださいという計画をある島でやっているんですが、このとき5Gは必須なんです。都会にいた方は回線に対する要求水準が高いですからね。東京から車で2時間くらいのところにそういうところがあれば便利かもしれませんが、私たちの場合は、飛行機を乗り換えて一日かけて来てもらわなければいけませんので、それなりのものを用意しないといけない。簡単ではないのはわかります。しかし、ローカル5Gというものが今回の農業での私たちの実証実験からスタートしていることが、私自身が20年前、この会社を興した40代のときの自分の新鮮な気持ちと重なっているんです。
宮﨑 一番最初にローカル5Gの仕様を聞いた時は「これは無理だろうな」と思いました。そもそも、クラウド側に制御系のソフトウェアを置いた場合、インターネットの中を、あのアップロードの速度を通すのは難しい。専用帯域を設けるしかないくらいの速度感(10GB)が出るとですね、もう1ギガの月額の料金がとんでもない高価格になる。結局、エッジ側にコンピューティングを置かないと10GBのローカル5Gで何かを制御するというのは、もうあり得ない。ただ、農機を動かすソフトウェアとか、カメラで見ながら制御をするという部分がエッジ側にあったらそれは可能で、そこは敷設コストと、その電柱と光ファイバを維持して、光ファイバの先に付いたスモールセルとコア装置ですね、これをメンテナンスしているだけで成り立つ可能性はあるのです。情報通信で金がかかるのはIXの部分ですから、そこがなければ、正直、サービスプロバイダは電線の下に入っている光ファイバのメンテナンスとスモールセルのメンテナンスだけでいいんですね。台風が来たらスモールセルが傷んだから直しに行け、光ファイバが切れたらつなぎに行け、もう、これだけで済む。
その世界観で動いて、ファームウェアがクラウド側からエッジコンピューティングのソフトウェアを動かす、あるいはAI的に必要な分析だけはこっち側でやって流すとかが、その構成であれば可能なので、その構成の中でのソフトウェアと制御系の開発を富士通さんにお願いしています。結果的に農業機械の自動化、建機の自動化、河川のリアルタイム監視などが可能になるはずです。
つまるところローカル5Gもサービス開発のセンスが必要になってくる。エッジ側にある程度制御系のソフトを置いてコントロールする。これはもう10BGでも20GBでもどんと来い、です。メディアコンバータの性能だけに注意すればいい。そしてインターネット側にはそれを制御するものを置くだけにすればいいんです。エッジをなるべくアクセスポイントのそばに置くことが重要です。 ローカル5Gはローカル側にいろいろなものを固めていく必要がある。ただ、そのローカル側も徳之島に固めておく必要はなくて、今のネットワーク構成単位で言うと鹿児島でいいんです。県単位の準都市に、ある程度、教育なり医療なりの高度なものが存在していて、それで離島とか田舎を動かすというのがたぶんネットワークの構成的に正しいはずです。我々サービスプロバイダとしては、そういうネットワーク構成の中で、ベンダーがサービスをセンスで考えられて提供される時に、エッジコンピューティングのサーバーを置くところもうちでつくっておく、くらいのことはやっておく必要があると思います。
ローカル5Gで、すべての武器が出揃った
三須 ローカル5Gで、すべての武器が出揃った、というイメージなんですね。これからは光(回線)とローカル5Gをどう組み合わせていくか、という時代に突入します。元々私たちは地域の生活にしか興味がない。一方、(現在の)コロナ禍は、都会から地域へ、という流れを促進しているようにも見えます。それもあって今回の農業政策にローカル5Gを応用するという実験には大きな期待感があります。
“ローカル”は県とか市区町村という単位ではないんです。もっと身近で狭い範囲です。みんなでローカル5Gの技術を学んで、地域のために、新宿も徳之島も沖縄の離島も同じレベルでやっていくことが必要です。そうならないとローカル5Gは社会的に貢献したことにならない。私たちのような事業者だけでなく、中小企業も含めた様々な人たちにローカル5Gに参入してほしい。
収益成り立つの? 成り立たないの? 本当に田舎の人たちに喜んでもらえものを提供できるの? 富士通さんがいろいろなものを商材を持ち込んでいただいたものを私たちがかみくだいて提供できているの? そういった様々な課題を私たちが先頭を切ってやっていかなくてはならないと思います。勇気の要る仕事ですけど、ADSLを最初にやったのと同じような感覚が今湧いているというのはそういうことなんです。そして最終的に大阪弁で「儲かりまっか?」に対して「ぼちぼちでんな」で応えたい。
三須 久(みす・ひさし):関西ブロードバンド株式会社代表取締役
1985年、日本高速通信(現:KDDI)に入社。大阪めたりっく通信、東京めたりっく通信を経て、2001年に関西ブロードバンド企画(現在の関西ブロードバンド)を設立し、代表取締役に就任。
宮崎耕史(みやざき・こうじ):関西ブロードバンド株式会社専務取締役
1994年、三和総研研究所(現:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)に入社。同社のチーフコンサルタントを経て、2007年に関西ブロードバンド・取締役、2009年7月からは同社専務取締役兼経営企画室長に就任。
森 大樹(もり・だいき):富士通株式会社・5G Vertical Service 室シニアディレクター
1998年、富士通入社。主に通信業界、放送業界向けのソリューションサービス企画立案を担当。現在は5G系ソリューション企画に従事