現場に強い“電波が見えている”集団が構築するローカル5G

過酷な自然環境での通信・映像処理に数多くの実績を誇る日立国際電気でローカル5Gの営業をリードする佐々木仁氏(営業本部担当本部長 兼5G/ AI推進センタ・副センタ長)と技術部門の玉木剛氏(モノづくり統括本部・5G/AI推進センタ部長)に、彼らが考えるフィールドエッジコントローラーとローカル5Gの活用法を聞いた。

ローカル5Gとエッジコンピューティング

佐々木 弊社は、戦前から国際通信設備を担っていた国際電気通信(KDTK)の製造部門だった国際電気とテレビカメラを国産化したルーツを持つ日立電子が2000年に日立国際電気として統合されました。従って、映像技術、無線技術、そして映像処理からスタートしたAI技術が我々のコアコンピタンスです。人間の体で言うと神経と視覚から脊髄くらいのところまでが、我々が担うポジションでしょうか。その意味では、 “エッジコンピューティング”が私たちにとっては重要なキーワードです。

現場に強い“電波が見えている”集団が構築するローカル5G

通信系キャリア殿向けの無線装置に始まり、業務用無線・自営系無線と言われている全国の自治体、官公庁、企業がネットワークをつくるための装置も各種提供させていただいています。加えて、テレビ局の放送システム、鉄道・空港で使われている無線装置、列車と通信をやりとりするための専用的な通信装置なども手がけています。

さらに国内で高速道路や河川に実装されている監視カメラ、そしてアメリカとメキシコの国境に設置される国境監視カメラなども手掛けています。霧(fog)や霞などのためにはっきり見えない被写体を認識させる画像解析なども得意です。

(国境等に設置されている監視カメラ)
(国境等に設置されている監視カメラ)

玉木 トンネル、河川、高速道路、国境、建設現場などといった堅牢性が試される特殊な環境が得意なので、ローカル5Gでも堅牢性が必要な場所のニーズを考えると、相性がいいわけです。今後は自営のシステムがローカル5Gでマイグレーションされていくと予想しているので、ここに我々の得意な技術を組み合わせていける。

そもそも携帯電話の基礎となった自動車電話の開発などを手がけたのが私たちの会社です。南極観測船「宗谷」に搭載した無線機も弊社製ですし、女子高生がポケベルと呼んでいたページャ(pager)でもかなりのシェアを獲得しました。

佐々木 日本で最初の業務用電子レンジの開発も弊社が手がけるなど、それぞれの時代でキーになるところを作り上げてきた歴史があるので、ローカル5G時代にもさらに飛躍できるはず、と考えています。

ローカル5Gは社会基盤

現場に強い“電波が見えている”集団が構築するローカル5G

玉木 この図の低遅延の部分で、産業のいろいろな自動化にパラダイムシフトを起こすのではないかと想定しています。自動化、遠隔操作、少子高齢化における介護、診療などで役立つはずで、来年度くらいからPoC(Proof of Concept)を実行し、しばらく経過するとようやくビジネスになる、というところでしょう。

日本はドイツに次いで2番目にこの“ローカル”あるいは“プライベート”を制度的に導入したわけですが、キャリア(オペレータ)でコンシューマー向けにつくられていた世界から、自分たちでカスタマイズできる電波が与えられたことになります。

ミリ波帯(28GHz)は、利用可能な帯域幅が広く、毎秒ギガビット級の超高速無線通信を可能とする一方で、直進性が強すぎて扱うのが困難だと言われていますが、実は屋内では(電波が)反射しますから、結構な実行速度が出ます。一方、4.7 GHzは移動体向けと言われており、低遅延・自動化を活かすのに向いていると思います。低遅延や自動化を活かすアプリケーションはロボットかもしれないので、5Gのキラーアプリケーションはひょっとしたらもはやスマートフォンではないのかもしれません。

(場所は日立国際電気の5G協創ラボ。ディスプレイに下り445Mbpsが表示されているのがわかる)
(場所は日立国際電気の5G協創ラボ。ディスプレイに下り445Mbpsが表示されているのがわかる)

というのも、いわゆる“超スマート社会”では、モノとモノがAIやロボテックスを駆使して、かつ自動化されてコミュニケーションしていくことになる。そもそも人口減少社会で経済成長させるためには、通信による自動化は必須です。5Gがその時の社会基盤になると考えると、ひたすら高速化を推進してきた4Gまでとは少々、というかかなり意味合いが異なると思うのです。そうすると、この先、5Gのみならず6Gも視野に入れると、いろいろな周波数がたくさん使えるようになり、なおかつ自動化のアプリケーションが発展する。そうなると、いかにさまざまな無線をうまく使いこなした社会をつくっていくか、という視点が重要になります。

環境耐性が問われるものには絶対の自信

佐々木 「ありとあらゆる電波を扱ってきた」というのが弊社の強みです。昨年は公益財団法人鉄道総合技術研究所及び国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)との共同研究で、90GHz帯を用いて時速240kmで走行する列車と地上間で毎秒1.5ギガビットのデータを伝送することに成功しました。この北陸新幹線(富山~金沢間)での実験は、鉄道車両が軌道上を規則正しく走行するという特性を利用して、無線エリアを軌道沿いに構築し、一次元の線状にセルを構成する方式を採用してミリ波信号を必要なところまで光ファイバで低損失に届け、必要最小限の距離を無線信号で伝えるというものですが、弊社とNICTは、無線信号を光信号に変換し、低損失に光ファイバ伝送する光ファイバ無線 (RoF)技術を開発しました。

玉木 建設現場などにおける無線は、人命を左右する場合すらあります。鉱山などにおけるダンプカーの自動運転は海外ですでにスタートしていますが、ここでは私たちは非常停止用の無線ネットワークを担当しています。こういう局面ではシステムとしての堅牢性もありますが、ハードウエアとしての耐久性も求められます。ローカル5Gの設備は灼熱地獄の砂漠のような過酷な自然環境にさらされる可能性もある。一方、時速300キロ近くで走る新幹線がトンネル入った際に新幹線に付着した雪の塊がトンネルの設備に衝突する、ということも考慮しなければならない。このあたりは弊社が非常に得意なところですね。

通信機器それ自体はかなりの部分がモジュール化・チップ化されていますし、またそれ自体のソフトウエア化(仮想化)、さらにオープンソース化も進むと思うので、ここで差別化要因を作っていくのは困難になっていくと思うのですが、環境耐性の強いものをつくる設計技術には長年の経験知が反映されるので、そのあたりには自信があります。

フィールドエッジコントローラーというコンセプトで現場を可視化する

佐々木 人間の体にたとえると映像データは目から入ってくる情報ですし、それを脳に早く伝えるのが神経、すなわちネットワークです。それが今回、5Gの登場で現実味を帯び始めていて、今までのクラウドで処理するのが大脳だとすると、エッジコンピューティングで脊髄反射的に反応できるようになってくるということがたぶん大きな変化になってくると思っています。その変化に対して、無線のテクノロジーと目のようなセンサから情報が入ってくる手段を持っているというのが我々の会社としての強みでしょうか。わざわざクラウドに上げてじっくり処理するのではなくて、その場でサッと処理結果を返してしまう能力ですね。

玉木 マルチアクセスエッジコンピューティング(MEC:Multi-access Edge Computing)は、ETSI(European Telecommunications Standards Institute:欧州電気通信標準化機構)で定義されたネットワークアーキテクチャコンセプトですが、MECを極小データセンターと捉え、我々は“フィールドエッジコントローラー”というコンセプトで、お客様のサイトで脊髄反射をさらに短くするようなものを作っています。これは、AI・画像解析と現場にフォーカスすると非常に有用なツールだと思っていますので、この概念は積極的にプロモートしていこうと思っています。

基幹のインフラとの相互接続、例えばSD-WAN等を視野に入れる必要があって、ローカル5Gからローカルブレイクアウトするトラフィックをどう扱うか、セキュリティをどうするか、あたりも面白い研究課題ですね。 トラフィックの地産地消によってローカル5Gが効果を発揮する領域と、遠隔操作等で遠隔から繋ごうとするときに、大抵どこかにボトルネックが発生するはずですから。この辺りは他の会社も同じ課題を抱えるため、競争領域になりますが、実はローカル5Gを活かすための課題はまさにここで、このためにオーケストレーションがちゃんとできて、簡易に無線ネットワークを構築できるようなシステムを持っていると強くなるとは思っています。まだ研究的な要素も多いですが。

佐々木 5Gはあくまでも通信の手段でしかないので、お客様と議論させて頂くときには、業務プロセスのどこを脊髄反射させたいか、何を大脳で処理したいかを聞きます。つまり「人が介在してやりたいお仕事は何ですか」「機械の判断に任せてしまえばいい仕事は何ですか」というのを決めた上で、そこって5Gでできるよね、弊社でやるならここはクラウドでしょうね、という、そのような議論をしていくことが非常に重要と考えており、「通信機器、いかがですか」だけでは、このマーケットは伸びないと考えています。

当たり前ですが、電波は見えないので、その現場まで届いているかどうかは実際、そこで測らないとわからないわけです。この敷地全体を5Gでやろうとしたときに、設計上はできたとしても本当にそこでちゃんと伝わるの?というのは、実際に現場でやってみなければわからない。我々には、どこにどのようなアンテナを立てたらここまで電波が届くということがわかる、という現場のノウハウがたくさんあります。周波数帯別のエキスパートにも恵まれています。ひたすら現場を計測し続けてきた歴史が今になって強みになっています。

ローカル5Gは他社と共用のため調整が必要、という意味も含め、電波の届く領域は比較的見えやすいと思います。将来、90GHzというような世界になってくると、電波の扱い方が難しくなってくる。全ての周波数は私たちのビジネスの対象ですが、その周波数特性による現場での電波の可視化は、やはり経験がものを言うと確信しています。

DNAに染み込んだ、位相を合わせるという働き方

佐々木 日立国際電気の独特の言い回しに「位相を合わせる」という言葉があります。「議論して方向を合わせる」とか「ベクトルを合わせる」という意味ですが、日立国際電気はここで位相という言葉を使います。波の位相を合わせる。電波の波の世界がDNAレベルでかなりしみこんでいる。

玉木 「位相合わせをしよう」という具合に使います。第三世代の移動通信システムでハンドオーバー実験をしていた頃、オシロスコープを見ていて、ハンドオーバーに失敗して同期が外れると、それまで波形がぴったり同期して動いていなかったのがブルブルっとずれていくのです。これを一致させるために、いろいろな制御の仕組みを入れたりするんですけど、そういう細かい調整とか押さえるべきポイントが意図的にわかっているので、あの現象を知っているから“位相合わせ(synchronization)”という言葉が自然と皆さん、出てくるようです。2つの波が逆位相なら合成するとゼロになりますが、位相が揃うと2つを足し算して2倍になります。無線は、エネルギーが低くても位相が合ってさえいれば非常に弱い波でも見つけることができます。これがバラバラだと打ち消し合ってしまう。

この位相合わせの対象は電波に限りません。特に弊社の場合は、映像処理にもこの思想が適用されます。ここではAIが活躍します。一般的に利用されているディープラーニングの公開モデルもありますが、独自のアルゴリズムも開発しています。重いデータ処理を軽量化して高速処理を可能にするエンジンを作ったりしながらフィールドエッジ処理をしていく、ということもやります。例えば、さまざまなWeb会議システムにおいてクラウドで映像処理を行っているものは、たくさんの人が接続するとフレーム処理が遅くなり、ぎこちなさを感じると思います。一方、Zoomに脚光が集まったのは、端末に映像の処理を行わせることによってたくさんの人がつながってもスムーズな映像となっています。このように、現場にあるフィールドエッジコントローラーでAIの画像処理をすることが重要だと考えています。

5G協創ラボが事業所内にオープン

玉木 ローカル5Gのマーケットは、試行錯誤がようやくスタートしたようなフェーズと見ています。立ち上がるスピードは割となだらかなペースなのかもしれません。低遅延がこれから入ってくるという期待と、また4.7GHzが使えるという期待で、第2の波がこれからやってくると思っています。私たちは、もちろんコンペティターと競争するところはありますが、マーケットを一緒に盛り上げてつくっていきたいと思っています。もちろん、その上で、我々がコアとするビジネスの領域はしっかり確保していくつもりですが。

佐々木 社会インフラのパッケージ化がたぶん一つの解かなと私は考えています。ある程度閉じた世界で、ネットワークもあって、それを使って動かすアプリケーション、それによってできるソサエティーあるいは街があるということですね。そしてこのパッケージモデルがさまざまなところに展開されていく、ということかと考えます。

玉木 地域課題の解決という意味で、弊社は自治体とのつながり、また防災無線のつながりとか、そういうところで自治体と非常に密接な関係にあり、特に防災関係ではトップシェアでもあります。いろいろな場所だったり、モノがあるので、自治体の方々ともお話をさせていただく場がありますが、ここで大事なのは「リアリティ」だと思います。

防災無線やテレビで「皆さん、逃げてください」と呼びかけても避難してもらえない。実際には個別受信機に対して「◯◯さん、早く逃げて!」と本人の名前を連呼する必要がある。これがリアリティです。「ローカル5Gは、このような状況で、何ができますか?」と問われているわけです。4Kカメラやローカル5Gの能力は、災害時にこそ発揮されるべきなのかもしれません。

佐々木 それと、避難所に人がたくさん集まったときに、一番初めに自治体の人が困るのは、どこの避難所に何人いるか、それがわからない。でも、それを正確なデータよりもアバウトに何百人、それでお年寄りが70人くらいいるというのを早く見つけたいというように、我々はまたちょっと違うソリューションで、すぐその場で大雑把な人数、老人何人といった情報をあげることができます。

玉木 ただ、防災分野に限らずとも、弊社あるいは日立グループに閉じてできることには限りがあるのは事実で、インフラで重要なところはもちろん我々の技術やコアを活かしますが、特に、アプリケーションのレイヤーではこの先オープンにいろいろな人と握手していこう、というように会社の文化も変わりつつあります。AIの世界ではとにかくたくさんの人がソフトをガリガリつくっていただいているので、我々もその辺りはオープンに考えています。もちろん、自分たちのコアとなる技術や、入れ込む部分はありますが、全部が全部、ソリューションにつながるわけではありませんから。

現場に強い“電波が見えている”集団が構築するローカル5G

佐々木 実は10月22日付で、同時に多方面のパートナー様と協創するために、「5G協創ラボ」を弊社東京事業所に開設しました。今後はこの「5G協創ラボ」を通じて、ローカル5Gの無線ネットワークで動作する各種アプリケーションや対応装置の実証実験をパートナー様と実施し、ローカル5Gを活用したさまざまなソリューションを展開していきたいと考えています。ローカル5G関連の調査、設計、免許サポート、機器調達、工事、保守運用に至るサポート業務についてもご提供します。もちろんSA(Stand Alone)方式や4.7GHz帯にも対応します。

https://www.hitachi-kokusai.co.jp/news/2020/news201022.html

佐々木仁(ささき・ひとし)

佐々木仁(ささき・ひとし)
株式会社 日立国際電気 理事 営業本部担当本部長
5G/AI推進センタ 副センタ長
プロダクト本部 製品企画部 担当部長

玉木剛(たまき・つよし)

玉木剛(たまき・つよし)
株式会社 日立国際電気 モノづくり統括本部
5G/AI推進センタ 部長
博士(工学)