5Gを使った課題解決に「女性のつながり力」を活かす5G・IoTデザインガールの活躍

総務省などが音頭を取る女性活躍プロジェクトが源流になり、総務省の「令和3年度 課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」で具体的な実証実験にまで結びついた活動がある。そのプロジェクトが「5G・IoTデザインガール」。この活動に取り組み、オープンイノベーション支援企業としてのincriを立ち上げた鬼澤美穂氏と高橋円氏に、女性活躍プロジェクトとローカル5G、5G活用による課題解決の関係を尋ねた。


ローカル5Gの実証実験に、女性活躍プロジェクトの成果が反映されている。そう聞いて、どんな活躍がイメージできるだろうか。女性とローカル5Gを結びつけ、実証実験という具体的な取り組みを推進している人たちとは、どのような人だろうか。

そのきっかけは2017年に遡る。総務省とNTTドコモが中心になって、地域IoTを普及させるためのプロジェクトが始まった。IoTを全国に普及させるための施策を考えるもので、技術者だけでなく地域や社会の課題に共感して解決できる存在として女性の視点に着目したのだ。さらに源流をたどると、NTTドコモで農業の課題をICTで解決するために組織された非公式のプロジェクト「NTTドコモアグリガール」に行き着く。現場に深く入り込み、課題に共感する女性の能力がとても有効だとわかり、農業に閉じずに広くIoTで地域や社会の課題を解決するために「IoTデザインガール」のプロジェクトが発足した。

第1期生の鬼澤美穂氏は、「IoTデザインガールは、毎年約50の企業や自治体から女性が選抜されて、IoTやデジタル、システムデザインについて半年かけて学んでいます。そこから、日本を元気にするためのソリューションアイデアを提案する活動をしています」と説明する。

高橋氏もIoTデザインガールの第2期生として、活動に参加した。「大学の先生やスタートアップ企業の経営者などからインプットをもらって、デジタルを活用したビジネスを考え、アウトプットを発表します。女性しかいないことで、女性が刺激を受けて非常にいいワークショップになります」。

なぜ「女性」なのか。「デジタルのセミナーやワークショップを開催するといっても、ほとんどの場合は男性しか参加せず、女性の参加はありません。女性だけのワークショップにすることで、ようやく女性の意見や視点が反映されるようになるとの考えだったようです」(高橋氏)。実施してみると効果は思いのほか大きかった。鬼澤氏は、「女性同士は仲良くなるのが早いですよね。男性だと肩書などを意識しますが、女性は人となりや共通点を見つけるのが早いですし、横のつながりを作るのが上手です。そうした力を使ってワークショップができるのは女性の強みでもありますし、デザインガールの期間が終わってビジネスメイクするような実績を作れたのもつながりの力を生かせたからだと思います」と見る。

課題解決の提案や新規事業開拓につながる女性の力

IoTデザインガールでは、第1期はデジタル側の企業などから参加者を募った。ソリューションを提供する側からの課題解決の視点だ。そこに閉じず、第2期からは重厚長大産業の企業などIoTを利用する側の企業にも参加者を広げた。現場とソリューションをつなぐ力を求めたのだ。

鬼澤氏はこう語る。「イノベーション領域では、女性の活躍がまだまだ少ないと感じています。ポテンシャルは男性同様にあっても、機会をもらえていない印象です。でも新規事業部門は、多様性が重要だったりするのです。デザインガールの活動をきっかけに、そういう仕事に興味を持たれる女性が増えています。例えばスマートシティは、スーツを着た男性だけで考えてもだめで、女性や多業界の視点が必要です。5Gなどの新しいテクノロジーを有効に活用するには、女性も含めた多様性が外せません」。

デザインガールの活動を通じて、組織内だけでなく外部とのつながりが大事と気付いた女性たちは、社内がだめなら社外にもつながって課題の解決を進めるように成長していった。「5GやBeyond 5Gを考えたとき、通信関連企業の男性だけが集まって議論をしてしまいがちです。でも10年後のBeyond 5Gを考えるにも、女性の視点も必要ですし、ユーザー企業の側の視点も取り込む必要があります」(高橋氏)。現在では、5GとIoTでどんなことができるかをデザインするプロジェクトとして、5G・IoTデザインガールへと名称を変えて、女性やユーザーの視点を盛り込んだ価値を生み出す活動を続けている。

デザインガール自体は半年のスポット的な活動だが、年々優れたアイデアが生み出され、これを経験することで参加した女性はマインドが変化しているという。そして、さらに継続した活動にもつながっている。その成果の1つが、鬼澤氏が現在代表取締役CEOを務めるincriの活動だ。デザインガールでできた人脈を使ってソリューションアイデアを提案する事業を具体化した。2021年に企業として設立し、女性のつながりの力を生かした活動を進めていく。

「男性は組織の中の縦の推進力に長けています。一方、女性は企業間や地域間など横の連携も得意です。男性の縦糸と女性の横糸が連携すれば、中島みゆきの『糸』のように、両方を生かした課題解決が一気にできるのではないでしょうか」(鬼澤氏)。

デザインガールの活動から、アイデアを生み出す力やつながりの力を獲得した鬼澤氏や高橋氏は、その先のステージへと歩みを進めていった。それが冒頭で紹介したローカル5Gの実証実験の採択につながった。

現場からのアイデアを具体化する力

デザインガールの学びを具体化したのは高橋氏。それはデザインガールの立場ではなく、本籍があるIHIの立場からだった。元NTTドコモでアグリガールを立ち上げ、デザインガールも支援してきた大山りか氏と話をして、自社のDX(デジタルトランスフォーメーション)にデザインプロジェクトの方法論を適用しようと考えた。

「ユーザー側の立場でDXによってどんなことができるかを考えました。社内に電話をしまくって、研究所や工場でDXしたい人を探し、テーマを集めて発表会をしたのです。2時間で8テーマの発表をしました。デザインガールの活動を支援してくださっている東京大学大学院工学系研究科の森川博之教授やNTTドコモの方を前に、ユーザー視点のDXのアイデアを2時間で8テーマ発表をしました」(高橋氏)。

その中で、評価が最も高かったのが、熟練溶接士の技術伝承へのデジタル技術の適用だった。「IHIでは大型機械や橋梁、ボイラなどを作っていますが、溶接が必要です。しかし熟練溶接技術者が減少していることが課題です。熟練溶接士がローカル5Gを使って遠隔で若手に技術伝承することで、この課題を解決しようとするアイデアです」(高橋氏)。

熟練溶接士が5G通信を使って若手溶接士に遠隔指導する出典:「令和3年度 課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」実証事業企画概要(総務省)https://go5g.go.jp/carrier/
熟練溶接士が5G通信を使って若手溶接士に遠隔指導する
出典:「令和3年度 課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」実証事業企画概要(総務省)
https://go5g.go.jp/carrier/

5Gの低遅延の性能があれば、トーチに電圧をかけたときの光や音を見聞きしながら、遠隔でも瞬時に教えられる。「ジジジと波打つように」といった教えは、時差があっては伝わりにくい。5Gを使うことで大容量の画像と低遅延性を生かした教育ができるわけだ。将来的には、こうしたデータを蓄積して「マザー工場」を作り、蓄積したデータからAIが教育や課題解決につながる方法を導き出してくれることも視野に入れる。

ローカル5Gとの相性という意味でも、高橋氏は「セキュリティ面からデータを外部に出すことができないので、ローカル5Gによるクローズドなネットワークが適していました」と語る。IHIでは長年、熟練溶接士の減少の課題に取り組んでいて、目の動きや体の動きをデータ化して分析する研究を続けてきた。その延長線上で遠隔教育の研究ができるという側面もあった。

このプロジェクトはPwCコンサルティングを代表機関とし、NTTドコモ、IHI、東京大学、大山氏が代表を務めるON BOARD、NTTPCコミュニケーションズによるコンソーシアムによって「5G及びデータフュージョンによる熟練溶接士の技能の見える化及び遠隔指導の実証」のテーマで、総務省の実証実験に応募した。結果は見事、採択されることになった。実証実験ではキャリアの5Gネットワークを利用する形だが、IHI横浜事業所で実証を始める。

鬼澤氏は、「デザインガール進化版が実際のビジネスの現場にも影響を及ぼし始めた一例です。女性と女性のつながりの力を会社と会社の間に使うことで、オープンイノベーションに多くのチャンスが広がると思います」と、活動の広がりを評価する。そこには、建前や肩書を外すのが上手で、裏情報や本音をうまく使える女性ならではのつながり力が、何割かは役立っていそうだ。

つながり力で通訳のような役割を果たしたい

デザインガールで培われたシステムデザインへの学びや実践の力に加えて、横のつながりも広がったことが、IHIをフィールドとした溶接士の技能伝承のDXの実証を可能にした。ローカル5Gの活用は、この案件に閉じることはない。「IHIとドコモが仲良くなったことで、別テーマを立ち上げ、女性の力を活用できるのではないでしょうか。IHIは自分の現場のことしかわかりませんが、NTTドコモや大山さんが代表を務める技術者集団のON BOARD の人材と手を組むことで、可能性は広がっていると思います」(高橋氏)。さらにデザインガールから人脈を広げたincriの仲間集めや賛同企業を集める力を組み合わせることで、さらなる課題解決の座組が出来上がる。

鬼澤氏は、現在所属する日本オラクルも引き合いに出し、「溶接士の技術支援システムができて、その先にAIを適用する必要が出てきたら、incriなどのネットワークを経由してAI企業につないでもいいですし、AIなどのオラクルの技術や知見を役立てることもできます」と語る。

そうした活動の見据える先には、デジタル面で女性のつながり力を生かし、現場とテクノロジーの間の通訳のような役割を果たすことが目標としてある。「現場の情報やニーズをわかりやすく翻訳して、技術者にフィードバックする役割が求められていると思います。特にローカル5Gや5Gは、ものにつながる進化を続けていますから、ほぼすべての業界で活用できる人材のネットワークがデザインガールを起点にできていることが役に立つでしょう」(鬼澤氏)。

現場側からも、高橋氏が「1社では何もできない、2社でもまだ何もできないのが現実です。でももっとプレーヤーを連れてきて、5社、6社とつながっていくことで、様々なことができると感じています。IHIとオラクルが何かで手を組んだり、さらに別のベンチャー企業が絡んだりすることで、ローカル5Gなどを活用した課題解決につなげることができそうです」と語る。

「ネットワークをつなげて大きなことをしようよ。そうした思いを持ち続ければ、女性の共感力でわかりやすく翻訳していくことができるんじゃないでしょうか」(鬼澤氏)。デザインガールが生み出したつながりの力は、これから社会のいろいろなミッションをクリアするために羽ばたき始めたところだ。

鬼澤美穂(おにざわ・みほ)氏株式会社incri 代表取締役CEO日本オラクル株式会社 クラウド・エンジニアリング統括 デジタル・トランスフォーメーション推進室 ブランドマネージャー
鬼澤美穂(おにざわ・みほ)氏
株式会社incri 代表取締役CEO
日本オラクル株式会社 クラウド・エンジニアリング統括 デジタル・トランスフォーメーション推進室 ブランドマネージャー
高橋 円(たかはし・まどか)氏株式会社incri株式会社IHI 技術開発本部 技術企画部 連携ラボグループ 主査(2021年12月末退社)
高橋 円(たかはし・まどか)氏
株式会社incri
株式会社IHI 技術開発本部 技術企画部 連携ラボグループ 主査(2021年12月末退社)