IoTの多様な要求に対応できる「フレキシビリティー」を追求
ネットワーク委員会委員長代理 川村龍太郎
5GMFには技術面の検討をする委員会が2つあります。大きく分けると、無線部分が技術委員会の担当で、それを支える有線のネットワーク部分がネットワーク委員会の担当となります。IoT(モノのインターネット)の文脈で見ると、様々なモノやセンサーに繋がり情報をやりとりする部分が無線の技術委員会の担当で、集めた情報を処理し価値を創出したり、その結果に基づき更に社会に働きかけたりする部分がネットワーク委員会の担当と言えるでしょう。
私はこれまでNTT研究所で20年近くにわたりIoTの研究を続けてきました。最初に私たちはブロードバンドサービスの先にあるホームやオフィスのモノをつなぐ研究開発、実用化からスタートしました。このようなIoTの潮流は益々進展し、通信の役割は電話による「人と人のコミュニケーションを繋ぐ」ことから、「IoTによって社会を動かす」ことが加わりつつある大きな変革のさなかにいます。この新たな役割を実現するため、通信に求められる要求条件もこれまでとは大きく異なってきています。次世代移動通信システムの5Gは、そうした大きな変革のカギを握っているのです。
現在、世界的な5Gの議論では大きく3つの目標が挙げられています。ブロードバンドを極めること、超低遅延や高信頼性を確保すること、大量の端末を接続できる性能を提供することです。例えば自動車の自動運転のインフラとして5Gを使うことを想定した場合、「通信が混んできたのでつながりません」では困ります。必ずつながる高信頼性が求められるわけです。日本の技術や製品の開発では、これまでも世界に比較して「超」な部分を価値に変えてきた側面があると思います。5Gで求められる超低遅延や超高信頼性を実現するためには、これまで培ってきた技術力が競争力として花開くのではないかと思います。
一方、3つの目標は、一つの通信方式だけですべてを同時に満足することは困難であると考えられています。必ずつながる超高信頼性を実現するには、通信速度を落とすなど他の要件の条件を緩める必要があります。つまりこれらの目標はトレードオフの関係を持っていて、それらを有限な周波数資源を活用して実現していくのです。したがってどのような用途に対して、どのように3つの目標の性能をミックスさせれば社会に対し最も価値を高められるかを考えることが求められます。
5Gより前の移動通信システムでは、価値を示す主な尺度がブロードバンドでした。移動通信システムは確かに高速化し、光ファイバーアクセスと同様に大量な情報を運ぶことができるようになりました。それは、情報をA地点からB地点へと運ぶこと自体が価値の中心である場合の尺度です。しかし、伝達の量的価値が飽和する傾向である一方、モノや社会が繋がることによって生み出される価値が開花されようとしています。そのため、5Gには新たに低遅延や高信頼性を備え、大量のモノをつなぐことのできる能力が求められます。さらには3つの目標をミックスするバランスを社会の要望に応えて自在に変える「フレキシビリティー」を実現できれば、きっと新しい社会、時代形成のイネーブラーとなりうるでしょう。
株取引ではこれまでの人間が得た情報を判断して投資するという形式から、コンピュータが高速に市況を判断して売買する高速取引が可能となり、株取引の意味自体が変わってきていると言われています。同じようなことがこれから他のIoTの領域でも起こるでしょう。これまでも通信は社会を動かす道具の一部として用いられてきましたが、どこかに人間の判断や行動が組み込まれていました。それに比べて今後のIoTは株式の高速取引のように、社会に組み込まれたセンサーで感知した情報から、分析・判断し、さらにはその結果を実社会に反映し駆動する一連の動作が、人間を解さずに千分の一秒レベルの周期で繰り返されるようになるでしょう。この新しい時代、通信の価値には違う意味が生まれ、人間や社会がどうあるべきなのかを考える必要が出てくると感じています。
このように5Gは単に「5番目のモバイル通信方式」という意味とは異なる、私たち社会自体の大きな変化・革新に関わる非連続なイノベーションの始まりとなるでしょう。その中核となる技術開発、さらには新たな社会の価値・ありかた自体を切り開くのが私たち5GMFに参画するメンバーの役割だと考えています。