5Gで提供できる日本発の「新しい価値」を創造する
技術委員会委員長代理 中村隆治
5GMFの4つの委員会のうち、技術委員会は無線アクセス技術を検討する委員会との位置付けです。委員長は移動通信の研究をなさってきた大阪大学の三瓶政一先生です。先生から、「これまでの技術開発の発想の枠組みを超えて、日本のエンジニアリングならではの価値の創造と発信を」という趣旨のご指導をいただきながら、携帯電話の技術の専門家が主体となって検討を進めています。
5Gの技術開発では、まず出発点からこれまでの移動通信システムの開発とは大きな違いがあると感じています。これだけ携帯電話やスマートフォンが普及した中で、新しいことを始めるわけですから、「5Gの価値は何か」ということを提示できるようにしなければいけません。4G以前の移動通信システムでは、正直なところ価値は「高速なデータ通信ができること」だけでも良かった。しかし、5Gでは「速くなると何が実現できるのか」を問われるようになります。これは「通信すること」に専念してきた技術者にとっては不慣れな課題です。このため、ストレートな技術の課題を解決することから、課題を解決した先にある価値を先に考えるという手探りの作業を進めています。
2016年5月末に発行した「5GMF White Paper」の作成に当っても、技術委員会の議論では個別の技術の課題に焦点を当てるのではなく、技術課題が求められる背景や通信業界以外から見たときに得られる価値について、議論を尽くしてきました。委員長の三瓶先生からは、「ヘテロジーニアスネットワークがカギになる」など、検討の方向性について示唆に富んだご助言を頂戴しました。現時点では、実現したいアイデアとして考えた10個のアイデアのうち、3個も当たらないかもしれないと思っています。予想が大きく外れないように努めることも重要ですが、将来の5Gの世界で提供できる価値を想定し、その実現に向かって検討を進めていく中で、10年、20年後の豊かな社会生活や産業活動を支える貴重な社会の財が得られるのではないかとも考えています。
一方で、新しい価値を提供しようとすると、技術的な課題そのものにも多くの要素が表れます。伝送速度を飛躍的に、かつ、安定に高めるというだけでも克服すべき技術課題がありますし、加えて伝送遅延を小さく、コストを抑え、消費電力を増やさないといった目標を実現しようとすると、具体的な技術課題がいくつも見えてくるわけです。さらにこれまで使っていなかった高い周波数帯の利用も模索しています。技術的にも戦線が一気に拡大していると感じています。時間やお金を潤沢にかければよいというものでもなく、適切なタイミングにシステムをまとめ上げて使っていただけるようにすることが重要で、効率良く検討を進めないといけないと気持ちを引き締めています。
具体的な技術課題としては、いくつかの側面があると考えています。非直交多重化方式などによる多重化の効率向上、高い周波数を利用した際のビームフォーミングやmassive MIMO、多量なIoTでデバイスを収容できるようにするmassive IoT収容、自律運転や遠隔制御で求められるエンドツーエンドの低遅延化、さらに高信頼通信の実現などがあります。こうした技術課題の解決方法は、多様化するシステムの利用シーンを考えると「これさえあれば万能」という1つの新技術に求めるものではありません。技術的には地味なものも多数必要で、これらの多種の技術を組み合わせて技術の広がりをもって解決していくことになるでしょう。実際にいろいろなアプリケーションに対して、5Gのネットワークは万能のナンバーワン技術を用意するのではなく、それぞれの要求条件に合わせた複数の「吊るし」の服を利用シーンにあわせて機動的に提供できるようにするのが現実的だと考えています。
5GMFも、世界の5Gを検討している団体も、今まではある意味で「夢を語る」ステージでした。新しい価値の提供に対して、議論の戦線を拡大してきたわけです。しかし、2020年の商用化を目指してこれから先は地に足の着いた技術検討が必要です。通信速度や容量、収容する端末数を1000倍にするとしても、消費電力が1000倍になるようでは実用性がありません。ある意味でこれからが正念場になるでしょう。
個々の技術課題は国内外の企業や事業者が解決の糸口を見つけていくでしょうが、最後に1つにまとめていく作業が大変です。日本では2020年の東京オリンピック・パラリンピックがひとつの大きな機会であり、また商機という意味では至上命題ともなっています。それまでに仕上げるために、すべての要件を満たすのではなく、現実的な見切りをつけることが重要です。そうしたゴール設定に対して、国内外のコンセンサスを得る場として5GMFは大きな意味があると考えています。そして、そのコンセンサスや課題解決の方法を、5GMFを足場にして世界に発信していくことは日本で活躍するエンジニアの活動の場を広めることにもつながるでしょう。
こうした5Gによる新しい価値の創出とその課題の解決は、通信業界の力だけでできるものではありません。通信を利用する様々な業界の方々のご意見が必要です。まずは5Gの技術をご紹介して試用いただき、そのときの感想やご要望を掘り起こしていくという作業が必要だろうと感じています。無線で、5Gで「何ができるのか?何ができないのか?」という問いを含めて、そうした活動の中から、今はまだ見えていない5G時代の新しい価値が見つかっていくでしょうし、それが日本発の新しい価値を発信する礎になると思います。