映像とその解析で威力を発揮するローカル5G

三菱総合研究所 デジタル・イノベーション本部・伊藤陽介(いとう・ようすけ)氏は「5G/ローカル5Gの基本はなんと言っても大容量伝送にありますから、当然と言えば当然ですが、大容量を送ることが可能になると、今まで見えなかったものが見えてくるようになる。大容量のデータに基づいて解析する効果的なソリューションが実現できるとデータ量が跳ね上がる。その解析結果も『少し別の世界』が出現するようになります。そしてこれが更なるデータ流通量の増加をもたらすというスパイラルを引き起こすようになります。上りと下りの帯域を変更可能なローカル5Gの準同期方式の運用もその流れを加速させるといえます。その意味でデータ量の増え方に着目するのも、基地局の普及率同様に重要な指標になる可能性が高いといえます。」と語る。具体的なソリューションの中心になるのは「映像」に関連したデータで、それをユーザの課題解決に直結させることができるようになるとローカル5Gの普及に拍車がかかるはず、という。ローカル5Gなどの次世代ICTインフラ実証・実装支援に実績のある伊藤氏に、ローカル5Gの将来展望を聞いた。

現在のローカル5Gおよび5Gの産業利用状況をどう見ていますか。

伊藤:当初の想定よりはまだ模索している状況かもしれませんが、着実に進んでいる、という印象でしょうか。普及の段階に応じてどのような指標で捉えるかも重要です。ネットワークのレイヤについては、例えば海外では、初期の5Gのカバレッジを基地局設置率で観測している国もあります。これはローカル5Gやプライベート5Gの考え方に資する観測手法であり、基地局および接続している端末という見方も重要と思います。さらに、ローカル5Gのマネージドサービスをはじめ、コアネットワークやMECなど、より上位のレイヤで面的に広げる流れもできており、今後インフラコストも下がってくれば基地局も増えていくでしょう。

加えて重要なのはソリューション(アプリケーション)レイヤです。農業、工場、建設やインフラなど、公共系か産業系かで言えば産業系の分野におけるローカル5Gを活用したソリューション開発を通じて、例えば映像解析など汎用的なソリューション層の広がりが確実に進展しているという状況も、指標としては着目しておくべきでしょう。

特に最近は、分野や業種を問わず、ユーザの基本認識として映像とその解析に着目している傾向が高まっているという印象があります。その効果の大きさが実感できるからでしょう。映像を送って、それを解析してフィードバックする、何らかのモデリングに資する用途にはポテンシャルがあるという認識がぐっと広まってきた印象があります。
「リアリティのあるリアルタイムコミュニケーション」という意味ではテレワークを含むオンライン会議が例として挙げられますが、5Gに加え、4K/8Kなど高精細映像と映像解析の精度の向上によって用途が全く異なってきます。

5G/ローカル5Gの基本はなんと言っても大容量伝送にありますから、当然と言えば当然ですが、大容量を送ることが可能になると、今まで見えなかったものが見えてくるようになる。大容量のデータに基づいて解析する効果的なソリューションが実現できるとデータ量が跳ね上がる。その解析結果も「少し別の世界」が出現するようになります。そしてこれが更なるデータ流通量の増加をもたらすというスパイラルを引き起こすようになります。上りと下りの帯域を変更可能なローカル5Gの準同期方式の運用もその流れを加速させるといえます。その意味でデータ量の増え方に着目するのも、基地局の普及率同様に重要な指標になる可能性が高いといえます。

ただ、実際には大量のデータを送ったあと、それがユーザの課題解決、ひいてはDXに資するかどうかが究極の目的のレイヤになるわけです。業務などの効率化と付加価値の創造の両側面があります。例えば建設分野では、施工現場における監視カメラと高精細映像の自動検知を用いた安全性の向上が期待されます。さらに、設計から施工、運用管理といったバリューチェーンを横断的にローカル5Gとデータを活用し続けるようになれば、例えばCADデータを活用するフェーズでは、ローカル5Gでリアルタイムに伝送して、協調編集し、フィードバックすることで、業務フローが大きく変わることが現場で実感できるのではないでしょうか。

ローカル5Gへの企業の投資意欲に何か変化はありますか。

伊藤 CAPEX(Capital Expenditure:設備投資)が大きい大企業では順調に推移すると思われますが、それ以上に広がっていくためには、より規模の小さい企業や、病院や学校といった機関がこれにどう関われるかでしょうか。昨今のクラウド化の流れでいえば、OPEX(Operating Expense:運営費)を重視すべく、自分で施設を持たず、事業者のマネージドサービスが産業用途などに使われるようになれば広がっていくことが期待されます。年間コストが1千万円を切っていくことで少し違った世界が登場すると思います。

象徴的、具体的な成功事例を教えてください。

伊藤 令和3年度の総務省ローカル5G開発実証の『5G及びデータフュージョンによる熟練溶接士の技能の見える化及び遠隔指導の実証』の取り組み事例が挙げられます。この実証では、ローカル5Gを使って溶接現場の映像を伝送することで、熟練者の方が遠隔から若手の方を指導するというユースケースについて検証が行われました。将来的には、多様なセンサデータを組み合わせた解析や自動化の仕組みなどを仕立てる構想を目指していますが、まずは必要な機能に絞り、映像を通じて必要な情報を伝えることに着目したところ、習熟度の向上など一定の効果が確認され、現場で活用できる手応えが得られたようです。今後はVR・ARグラスや高精細な映像グラフィックスを加えていくことも想定されるでしょう。初期よりこうした複雑な仕様のキャリブレーションを目指すと大変ですが、ミニマムスペックで進め、導入しつつ仕様を追加開発していく、いわゆるアジャイル型が参考になると思います。

同じ令和3年度の実証事業である『ローカル5Gを活用した鉄道駅における線路巡視業務・運転支援業務の高度化』も注目されます。線路等インフラ点検のみならず、駅ホームでの車両ドアの閉開判断を補完する映像検知など、運転支援業務向けのソリューションの検証も行われました。このように一つの設備に対して複数の用途に使うことで投資対効果を高めつつ、精度の高いAIモデルとの組み合わせなど、ソリューションを磨いてくことで、導入を検討している鉄道事業者様も手応えを獲得できたのではないかと考えています。
令和4年度の実証事業『複数鉄道駅及び沿線におけるローカル5Gを活用した鉄道事業者共有型ソリューションの実現』では、さらに発展した取り組みとなっています。線路(線状)という特殊環境でのローカル5G活用を検証するとともに、車載カメラ・沿線カメラとAIを活用した沿線設備異常の自動検知や線路敷地内監視の実証が行われています。また、鉄道は相互乗り入れの関係もありますから、複数の鉄道事業者間で共有できるソリューションの実現を目指しています。このように、各エリアの基地局の整備に加えて、関係者でそのメリットをより享受できるような基盤が構築できれば、各社がそれぞれ重たいインフラを保有せずに、効果的かつ経済合理性の高い整備・運用が期待されます。こうしたモデルを他分野や業態においても展開することができないか、という構想に発展してきています。

もう一つの事例としては、愛媛県/愛媛CATV『中小企業における地域共有型ローカル5GシステムによるAI異常検知等の実証』です。この実証では、地域のネットワークやMECを複数の工場で共同利用することで効率的に運用しながら、それぞれの現場で必要とするソリューションの検証が行われました。つまり、ローカル5Gをはじめ、地域のワイヤレス化を進めながら、B2B利用をプロデュースする。今後はMECなど、愛媛県産業技術研究所と連携して、製造業などの県内企業における活用を支援していくことが期待されています。ローカル5G設備の費用は低下傾向にはありますが、こうした地域内の連携体制を通じて技術や運用面でのサポートが加わると、費用負担の軽減効果も見込まれます。自治体や地域事業者がローカル5Gを活用して実装する良い事例と思います。

医療現場におけるローカル5G活用の実証も進んでいます。様々な医療機器が設置されている病院(屋内)の環境においてローカル5G活用の検証が行われています。特に、コロナ禍において医療従事者の業務負担に係る課題は一層深刻になっており、少しでも負担軽減につながるユースケースについて、医療機関の先生方も一緒になった体制で検証が重ねられています。ここでも映像活用が注目されています。実証では、このような医療業務の課題をどのように解決できるかという目線で、実装計画の策定が進められています。

コロナ禍において人の動きと経済の動きが分離する中で、「リモート」と「自動化」といった5Gによる本質的な提供価値の真価が発揮されるといえます。コンシューマーユースに限らず、こうした産業ユースでも、ローカル5Gが提供価値を担っている姿として、1つでも多く成功事例が出てきて、社会的な認知が高まり、今後様々な社会的な要請へ対応できるよう訴求できれば、単純に「たくさんの映像を送れます」というより、「社会的な要請にこういう形で貢献している」といったトップダウンのストーリーが形成されていくでしょう。

ローカル5Gの自己土地利用という制約は

伊藤 ローカル5Gは、スモールスタートの形で制度化されたと考えていますが、ユースケースの開発やニーズの広がりとともに、より柔軟な利用に向けた制度の在り方について検討が進んでいます。従前の自己土地利用の原則を維持しつつも、今後ローカル5Gを利用するユーザや基地局が増えていくことで、より多くのユーザが共存できる考え方も必要になります。また、基地局は固定的に利用するのが電波システムの基本的な考え方ですが、災害時利用に限らず、前述の建設現場などローカル5Gの常設が必要ではない場面において、当然ながら管理された手続の中においてですが、可搬的に使用するなど、より柔軟な運用を実現する制度やルールが検討されており、これは普及に向けて大きなブレークスルーになるのではないかと思っています。

ミリ波の普及状況あるいはそれに伴う課題がありましたらお聞かせください。

伊藤 マクロ的には、サブ6GHz帯など他の帯域とのキャリアアグリゲーションで考えるのが望ましいですが、ミリ波ならではのユースケース開発が課題と考えています。海外においてもミリ波の活用は政策的な課題となっています。例えば韓国では、ドイツや日本に続きローカル5Gを制度化し、「大容量のデジタルツイン」などを目指し、ミリ波も活用した実証を継続しているようです。
総務省ローカル5G開発実証においても、鉄道などミリ波が活用できるユースケースの検証が進められています。今後、ローカル5Gに係る基盤整備が進み、スポット的にミリ波を活用する、併用する、という事例が増えてくることが期待されます。重要なのは、電波有効利用の観点から、周波数帯別の使い方の最適化を考えつつも、ネットワークを一体的に捉え、分散型成長を促す、いわゆるBeyond 5Gに向けた議論につなげていくことだと考えます。

総務省の情報通信審議会がこの5月に「Beyond 5Gに向けた情報通信技術戦略の在り方」報告書(案)を公表しました。Beyond 5Gは、5Gの「高速・大容量」「低遅延」「多数同時接続」をブラッシュアップしつつ「超低消費電力」「超安全・信頼性」「自律性」「拡張性」といういわば「持続可能な新しい価値創造」に力点が置かれています。考え方としては「5Gを超える」ということなので、つまり6Gあるいは7Gも射程に入れているわけですが、同時に既存インフラもアップデートされていくことになるはずで、先ほどの愛媛県のような考え方が「全体最適化」という意味で象徴的な例になると思うのです。無論ミリ波もその中で有力な商品として位置付けられることになるでしょう。

各省庁への期待などを教えてください。

伊藤 現在、例えば河川監視や道路管理、建設、鉄道といったインフラ分野をはじめ、多様な分野におけるDXを推進するために、5Gに限らず、AIやドローン・ロボットをはじめ色々な技術の導入が注目されています。ローカル5Gとの親和性も高まっており、各分野に係る関係省庁や関係団体の取り組みとの連携が期待されます。「ローカル5G普及推進官民連絡会」にはそのような情報共有の場として期待しています。

今後の展開をどう予想してますか。

伊藤 ユーザは、「ローカル5Gはいくらで使えるのか?それは課題解決に必要とする要件を満たしてくれるのか?」が関心事のはずです。愛媛県の事例のように、地域などの広域の単位で、ローカル5Gをはじめ様々なネットワーク技術を組み合わせ、設備・ソリューション・サポートをパッケージ化して、導入する体制が作れるかどうかも重要と考えています。中小企業の導入意向も高い、サブスク型のマネージドサービスモデルの導入などを通じて、費用負担が軽減されることで、普及に拍車がかかるはずです。

前述の実証事業では大手のキャリアさん、ベンダーさんを中心に展開されていますが、そこに地域のSlerさんなど、つまり運用を続けていく上で駆けつけてくれる体制が必要です。大資本の企業とエンドユーザーをつなぐ立場の体制構築とパフォーマンス向上が期待されます。地域のSIerの他、地域の自治体、大学、高専などでも扱えるシステムになっていくと、サポート体制の道筋も見えてくるかもしれません。こうした取り組みを通じて、新しいシステムの発展とともに地道に伴走していくことが極めて重要だと考えます。

令和4年度は総務省ローカル5G開発実証事業の最終年度ですが、実証を継続しながらやはりいろいろな課題が出てきます。検討や実証を重ねる必要がある領域を見極めながら、いかに実装につなげるかが重要と考えています。あわせて、やはり地道に売り込んでいかなくてはなりません。5GMFの「ローカル5G免許申請支援マニュアル」をはじめ、入門編と位置付けられるガイドブックや事例集が多く用意されています。こうした、ローカル5Gに関心があり、導入を考えている層向け以外にも、ユーザの課題と向き合いながらポテンシャル層にどう訴求していくか。「ここにあるから読んでください」ではなく、それを使って関係者が動ける体制構築が理想です。

他方で、先ほどのBeyond 5Gとの連接でいえば、Beyond 5G Readyな環境を構築するために5G/ローカル5Gが重要ですが、逆に言えばあらゆる将来像や課題を5Gで実現する、解決するという話でもないわけです。つまり、産業とICT業界の関わり方や連接は、5G/ローカル5Gの取り組みを通じて、その延長としてのBeyond 5G/6Gも視野に入れる必要がある。5Gが目指す各産業や分野の課題解決の先には、産業構造の変化を見据えた変革の時代、価値観の大きな転換を伴うものだと思います。

それは、やはり通信ネットワークなどICTインフラが提供する価値の転換であり、社会的な要請として、ICTインフラに求められる要件、情報量が爆発的に拡大していく時代に備えた投資促進、その過程におけるDXの推進、経済成長へ資するマクロ的な視点や問題意識につなげていくことも重要と考えています。

同時に、この先のBeyond 5Gもユーザや社会に必要とされるネットワークを実現できるのか、そのストーリーも必要と考えています。技術起点に限らず、社会起点でその姿を考えていき、そのためにどのようなエコシステムを形成していくべきか。こうした長期的な視座も、現在の5G/ローカル5Gの取り組みをどう考えていくか、大事な示唆となるのではないでしょうか。

『映像とその解析で威力を発揮するローカル5G』

株式会社三菱総合研究所
デジタル・イノベーション本部
ICTインフラ戦略グループ グループリーダ
主席研究員 伊藤陽介 氏