バランスを重視した地域創生戦略

さほど人口が多かったわけではない秋田県は、現在の日本の「人口減少社会」を“先取り”していたとも言える。その時に重要なのは、5G/ローカル5Gがそのような状況で出現した技術であること、そしてバランスを重視することだ、と秋田高専・伊藤教授は語る。同氏に、秋田高専の今後の通信関連戦略、そして「実習」の重要性を聞いた。

—「秋田高専」の特徴は?

伊藤 秋田高専は国立高等専門学校の第3期校です。機械工学科、電気工学科、工業化学科の3学科(各学科定員40名)でスタートし、その後土木工学科を加え4学科体制(学年定員160名)となりました。少数精鋭を旨とする典型的・標準的な国立高等専門学校と考えていただいていいのですが、細かくは、カリキュラムの変更に合わせて、電気工学科から電気情報工学科、工業化学科から物質工学科、土木工学科から環境都市工学科へと学科名称の変更が行われたり、あるいは2017年4月には、特定工学領域で高度な専門知識・技術を身に付けた技術者の育成を目指す新カリキュラムを備えた創造システム工学科へと改組されたりしています。卒業後は他大学の3年生への編入学も可能ですが、秋田高専内にも修業年限2年の専攻科の制度が設置されています。本専攻科を修了すれば大学卒と同じ学士(工学)の学位が与えられると同時に、全国の国・公・私立大学に設置されている大学院への進学も可能、ということになります。

秋田という土地柄は、みなさんご存知のように、とても自然には恵まれていますが、一方で少子高齢化などの日本全体が抱える課題を真っ先に解決していかねばならない地域でもあります。つまり秋田という土地での試行錯誤は他の地域にもとても参考になると思うんですね。例えば秋田高専は今英語力の強化にすごく力を入れているので、TOEICスコアの向上などを含め語学力を能力として身につけてちゃんと卒業・進学・就職できることを(中学生に)アピールしていたりします。これは他の高専に比べても比較的早めに着手したと認識してます。

—先生のご専門は電気・電子・情報系ですね?

伊藤 私自身はアンテナの研究が専門です。アンテナの電磁界解析,構造最適化などを行なっています。いうまでもなく、アンテナは、通信用途はもちろんのこと,レーダやセンサとしても使われ,日々の私たちの生活に欠かせないものになっていますが、現在はミリ波と呼ばれる波長が数mmの周波数帯を使ったミリ波アンテナが注目されていて,車載レーダなどに使われています。今後さらに小型化,軽量化が進めばドローンなどにも搭載されることになるでしょう。今後この辺りが5Gとの接点になるでしょうね。

さらに、研究室ではミリ波アンテナなど比較的高い周波数のアンテナ開発を行っていて、アンテナの高性能化のためにトポロジー最適化,機械学習などの情報科学を取り入れ,実装による検証に取り組んでいます。特に、自然が豊かな秋田のための河川モニタなどの防災や、高齢者社会に対応した見守りセンサ,老朽化が進むコンクリートのクラック検知などに利用されることを期待していますが、そのような社会実装のためにはどうしても他の(電気・電子・情報系の)研究室の知見が必要になる、ということもあるのです。

というわけで、同じ電気・電子・情報系の中に電波関係あるいは電磁波応用の研究を進める先生がいるので、彼らと研究グループを作って、秋田大学などの地元の大学や企業あるいは自治体と連携していきたいと考えています。このグループに参加してくれる先生が増えていて、秋田高専の中には電波暗室とかシールドルームなどのインフラもあるので、それらを活用しつつ、外部連携を活性化させようとしているところです。

秋田高専の各系の人員はそれぞれ10人程度で、それもワンフロアに固まっているので、コミュニケーションが非常に濃いものになります。全部の棟が渡り廊下でつながっているので大学と比べると他の系の教職員ともコミュニケーションがとりやすく、とてもアットホームな環境で教育研究ができる環境にあります。

地元企業との具体的な連携という意味では、ミネベアミツミ株式会社 https://www.minebeamitsumi.com (秋田事業所)さんとの協力関係などが代表的な例でしょうか。ミネベアミツミはミツミ電機とミネベアが合併した会社ですが、秋田事業所は今、完全に開発部門として運営されているので、開発関連の検証設備や施設が実に豊富なのです。今は人的交流がメインですが、ゆくゆくはアンテナの開発に関する技術協力までできないかと考えています。

電波暗室内のコンパクトレンジとミリ波アンテナ
電波暗室内のコンパクトレンジとミリ波アンテナ

—秋田高専ならではの研究スタイル、とはどのようなものでしょう。

伊藤 やはり人口減少を前提とした研究連携のあり方というところは参考にしていただけるかなと思います。例えば、秋田高専産学協力会というのがありまして、これは1992年5月に会員企業40社で発足したのですが、高専の設置基準が改正されて学校の自由度が拡大したことを受けて、地元企業の技術振興を積極的に支援できる体制、及び県外企業に偏っていた卒業生の就職先を、地元企業に引き戻す、という意図で作られたものです。前者は研究開発促進、後者は就職支援ですね。

この会は今年秋田高専グローカル人材育成会と合流し、今まで以上に多くの活動を推進していますが、活動の特徴としては、入学する学生も連携する企業もより広範囲に参加を呼びかけるという体制に変化したことでしょうか。秋田県の中だけでつじつまを合わせることにもはやあまり意味がないわけです。これは他の他府県でも同じ状況ですよね。

さらにこの秋田高専グローカル人材育成会は最近「ビジョン2022」を発表 http://akita-nct.coop-edu.jp/vision2022 しました。ここに昨今の社会課題、例えば再生可能エネルギー,DX、リスキリング,リカレント教育などの最新のテーマが設定されていて、学内と会員企業のリソースを融合して、秋田県あるいは東北地方の強みをいかした,地域のニュートラル人材の創出と研究開発体制の拡張を狙っています。

色々なことに手をつけざるを得ない日本という国の現在の状況で最も重要な視点は「バランス」だと考えていて、どこかに特化するのも一つの方法かもしれませんが、(先に述べたように)典型的高専としての秋田高専の特徴がその「バランス感覚」にあることからも、連携も、研究も、教育も、就職も、人口減少も、そして高齢化も、すべて最先端の状況を少しずつ改良していく時に重要なのがバランスだと思うのです。この「バランス重視」こそ秋田高専の特徴でしょうか。

例えばいろんなスタートアップに手を出していないのか、と言われると実はやってます。やってますが、「バランス重視」なので、あまり目立たない、というのが逆に特徴になっているかもしれません。すべてのことにはちゃんと手をつけてますが、成果として見えるまでは少し時間がかかっているよう見えたとしても、先を見据えてやるべきことをやる必要があります。

もともと秋田県はさほど人口が多かったわけではない、ということが、逆にこれからの日本の参考になる部分が多いと思うんです。潤沢な資金や豊富な人口が前提だった時代しか知らない地域よりも先行している、と言ったら言い過ぎかもしれませんが。いずれにしてもいろいろな分野で「人口減」が効いているのが現在の日本、という認識は日本国民全員にあるはずでしょうし。

—地域に寄り添う「実習」とは?

伊藤 LPWAだとか地域BWAだとか、ローカル5Gだとか、そういった地域に寄り添う電波サービスというのがいろいろと出てきている状況だと思うのですけど、私個人としては実は、それらの実習に力を入れたいなと思っています。

基本的に実験実習は、通信だとAMやFMなどの変調と言われる技術は現状でもできるんですけど、そういった通信の括りの中で、5Gの実験とか入ってくると、たぶん他であんまりやっていない尖った実験及び実習になるはず、という仮説を考えているのと、そのような新しい設備とか新しい技術に、学生が触れる機会ができていくと、学生から新しいイノベーションが生まれる可能性もあるんじゃないかと考えるとおもしろいなと思います。

豊富な自然があることを武器に、やはり現場に出ていく、そこで電波の状況を肌で感じる、速度を体感するということが最も学生が実力をつけることができるはずです。現場感覚はそのような「実習」でしか身につかないはずなんです。なので、近傍の会社でローカル5Gの免許を持ってやっているところがあるのなら、今すぐにでも連携研究したいです。

実習で重要なのは地味な測定作業を真面目に続ける、あるいは小さなプログラムを書く、ということだったりするはずですが、今これくらいのスピードだけどもっと速くなったらこうなる、というのが実際に見えるような環境がそこにあると、学生の態度も少し変わってくるでしょうね。秋田高専を見学に来た小学生や中学生にデモとして見せたりということもきますし、そうすると、秋田高専でこういうことをできるんだよ、ということもそうなんですけども、5Gそのものの地元への理解も進むはずです。

そういう人たちに、実は新しい技術として、こういうことが行われているというのが体験できたり、説明できたりとか、そういうのは企業より学校のほうが得意というか、場としては合っているんじゃないかと思うので、どこかで実験実習とか、そういうふうな形で逆に還元したいなというか、取り入れたいなというのは考えています。

5Gベンダーにも、一緒に教育しましょう、あるいは一緒に地域に貢献しましょうという共通理解の中でできることがまずは第一になるのかなと思います。教育に力を入れているベンダー、というのはそれだけで宣伝材料になると思いますが(笑)。

—人口減少社会への対応は?

伊藤 人口学の面白いところは「人口減少のスピードはかなり正確に予測できるが、人口増加は全く予測できない」というところにあります。で、人口減少が最も怖いのは、放っておくと、そのまま活力がなくなって、発想がジリ貧になることにある、と思うのです。
これは逆に言えば、人口減少社会における人材のあり方を再定義する良いチャンスでもあるんですね。同じことが通信業界でも言えるはずで「人口減少社会における通信技術者のあり方」は通信系企業でもよくわかってないはずなんです。

5G/ローカル5Gというのはそのような状況の中で生まれてきた技術だ、ということを強く意識する必要があるでしょうね。それは高専も同じことです。カリキュラムとかも大きく変わる可能性があるわけです。その時に「いろいろな社会課題にバランスよく手を出している」という秋田高専ならではの特徴が出てくるはずだと考えていて、「実習の強化」はその一環ということになります。

—秋田高専の地元への貢献

伊藤 地元の大企業であるTDKさんなどもそうですが、実は秋田高専の卒業生がたくさんいるわけです。その人たちが中堅になってきている。このネットワークをより強力なものにしていくことがそのまま地元への貢献になるはずです。で、秋田高専の卒業生といっても就職先で最も多いのは県外です。県外に飛び出していった人材を地元・秋田にいろいろな形で、具体的な連携などを通してつなぎとめるのが秋田高専の役割の一つでしょうね。自然と県内外のネットワークができることになる。

いずれにしても、繰り返しになりますが「秋田を見ていれば日本がわかる」ということかもしれません。過疎化、人口減はやっぱりいろいろなことを突きつけられる。恵まれていると、たぶん何もわからないことばかりです。いろいろ状況が変わってきて、今まで当たり前だったことが当たり前じゃないんだな、ということに気づいた瞬間から、いろいろ考えていくといろいろ動いていかないといけないことがわかる。そうすると、自分で企画したりとか、巻き込んだりということもしなきゃいけなくて、その時に、ネットワークの強さ、あるいはネットワーク外部性が武器になる、ということでしょうね。

秋田工業高等専門学校 教授 伊藤桂一氏
秋田工業高等専門学校 教授 伊藤桂一氏