海洋DX で地元を活性化する

1年生から5年生まで全学年縦断型のチームを編成し、地域課題をチームで解決するPBL(問題解決型学習/Project Based Learning)で学生を育むのが鳥羽商船高専の特徴。一方、一見関係なさそうな空中ドローンの発展的利用方法が、地元の熱意に引っ張られる形で「海洋DX」に結実。地域課題に最先端技術で応えていく鳥羽商船高専・江崎修央氏に事業化を視野にいれた具体的プロジェクトの詳細を聞いた。

──鳥羽商船高専の特徴を教えてください

鳥羽商船高専は太平洋に面している唯一の商船高専なので、海洋状況などが他の商船高専の地域とは違うところが船員教育機関としての特徴になっています。また、商船高専とはいえ、実は商船学科は1学科1クラスの40人しかいません。一方、私の所属する情報機械システム工学科は2クラスの80名が定員ですので、他の工業高専と同じようなイメージの学生のほうが多いのです。学校名だけ見ると商船の海員養成のみを行なっている学校と感じるかもしれませんが、実態はそうではなく、工業系学生の比率が高く、IT系のコンテストに参加して受賞した結果などを新聞やニュース等で多く取り上げていただいています。

商船学科の学生は、全世界を相手にした仕事に就く上、出身地も全国から集まります。就職すると、ベースキャンプ(帰港地)は鳥羽以外のところになることが多いことから、鳥羽や三重を地元という意識では捉えていない印象です。一方、情報機械システム工学科の学生については、出身地は三重県の南勢地域が多いにも関わらず、いわゆる大手企業に就職することが多いので、関東・名古屋・大阪に出て行ってしまいます。もっと地元に就職できるようなコネクションを作る必要があると感じており、後ほどご説明する「海洋DX」もその対策として地元の産業理解につながるといいなと考えて活動しています。

──では通信系実証実験の状況を教えていただけますか

海洋DXの推進のために、KDDI、KDDI総研、三重大の生物資源学部、三重県水産研究所、鳥羽市と鳥羽商船高専の6者で「5G・IoT活用、海洋DX推進に向け連携協定」を締結しています。現在の水産業現場は生産者の経験や勘への依存度が高いのと、不安定な漁獲・生産量や、厳しい労働環境による漁業就業者の減少と高齢化が進んでいるので、これを解決しよう、というプロジェクトですね。実は私が数年前から水産業のICT化/DX化に取り組もうと決めて、そういう研究を推進してきたのでこのような土台ができました。ただ誤解していただきたくないのは、商船と漁船は違うということでして、商船高専というのはタンカーの船員やフェリーの船員を養成する施設であって、漁船の船員を養成しているのは水産高校である、ということには留意してください(笑)。

──なぜ水産業のICT化に興味を持たれたのでしょうか?

いわゆる空中ドローンが出始めたころにこれを使って何かやろうって漠然と考えていました。それで最初に思いついたのが、防災・減災のドローン活用でした。例えば大きな津波が起こったときに、津波が起こる前と津波が起こった後で空中ドローンをそれぞれ飛ばし、その映像データを利用して三次元的に引き算をすれば、どこに被害が起きたのかがすぐわかるはず、という発想で学生とアプリを作っていました。それで、発災後にドローンを飛ばすのは良いとして、発災前に誰が飛ばすの?って考えたときに、例えば水産業の人であれば海面養殖などで筏(いかだ)があるから、その見回りに使えるかも、と思いついたんですね。そしてそれも含めたアイデアソンを実施しました。

アイデアソンの主催は、三重大含めた我々が実施している勉強会です。三重県は、今はコロナ禍で集まりが随分少なくなったのですが、交流会が実に盛んなのです。たまたま県職員として農水省から出向されていた次長さんと三重大の先生が問題提起して、「そういう会をつくって、いろいろ議論する場が必要だよね」ということで始めたところに我々も入っていって、その中に一次産業とか三次産業含めていろんな人が集まったのです。このアイデアソンはその一環で実施しました。三重県はやはり伊勢神宮の土地柄ということもあり、三重県らしいおもてなしの文化があるので、外部連携の敷居はとても低いと思いますよ。

それをやってるうちに、目的を達成するための手段に何を選ぶか、になっていくわけです。そうやって水産の人たちと関わっていると、「こういう問題があるけど何とかならない?」という相談を気楽にしていただけるようになってきて、それでは、こんなことできますよね、というので幾つか事業を進めている感じです。あくまで商船高専であって、水産ではなかったはずなんですが(笑)。いずれにしてもそれが水産業のICT化につながったのです。

──海洋DX推進に向けた次なる企画とは?

現在は、情報通信研究機構(NICT)の委託研究の一環として「ブルーカーボン貯留量の自動計測システムの開発による漁村の脱炭素・収益向上に向けた取り組み」について、鳥羽商船が代表提案者として、取り組んでいます。

ブルーカーボンの貯留量を自動計測するために、水中カメラを漁船に取り付け、空中ドローンからの情報と合わせてデータをクラウドに集約することで、日常的に藻類の繁茂位置を記録して、種類・体積を自動的に算出する仕組みを構築します。カーボンの貯留量を算出して、それをブルーカーボンエコノミーの協会に申請すれば、カーボンクレジットになる。そのブルークレジットなどの漁業収入以外を獲得する素地が構築できると、都市部の企業との連携を生み出され、これが漁村の創生につながる可能性があると考えています。

この事業の採択で、ようやく“旗”というか、「自分たちでこれやろう」って一本決まったので、KDDIを含めた6者で進めているところです。

藻場の可視化については県の事業として3年ぐらい前からやっていたのですが、最近の流行りの技術とか、“ブルーカーボン”などのキーワードを含めて提案したのは今年に入ってからですね。できれば来年度中には事業化が見えるステージに持って行きたいと考えています。

──鳥羽商船高専としての地元への貢献

もちろん地域連携することが大きな旗印です。特に三重県の南部地域の人口減少が激しいこともあり、人口を増やすのは難しいとしても、現状維持で持続させるためには、どの程度のコンパクトミニマムが必要なんだろう、とまずは考えています。都市部での大量消費・大量生産・超便利と引き換えに地域からどんどん大切なものが失われてきたという実感があります。そこで、例えばヨーロッパの小さい町で成立しているような、パン屋さんがあって何屋さんがあって、これだけあったら必要最低限だよね、みたいなものを改めて見つめ直して、ちゃんと持続するような仕組みに持っていかないといけないと考えています。海洋DXもその一環になると考えています。

──高専が期待されるのは当然

高専は日本独自の学校の制度ということで、いろいろなメディアが高専をとりあげて、高専は日本が誇るべき教育形態であるという感じの報道をよく見るようになりました。内部にいると気づかないのですが、よくよく考えてみると実は当然なんですね。というのも、これだけ一人当たりの学生に手厚い教育をしている学校は日本では他にはないんですよ。単純に割り算すると一人の教員が5学年で20人見ていればいいだけなんです。私も博士を取得していますが、ほとんどの教員が博士号を取得しています。たった20人の相手を博士が徹底的に指導すれば実践的な技術者になる可能性が高いわけです。もちろん、それがすべてうまく機能しているとは言いませんが、やはり他の学校とは密度が違うと思いますね。

なので高専って実はとてもお得なんですね。国立大学の理工系以上の密度だと思います。実際、工学系は手足を動かさなきゃいけない部分がすごく多いのですが、そのあたりのサポートが全然違う。工学は座学ではどうにもならないんです。そういう意味でも、高専はすさまじく手厚い、ということは断言できますね。ベースが分厚いので、あとは教員が外部からいかに技術者育成に繋げるための資金を獲得するかが重要です。何度かやっていればだんだんやり方がわかってくる、お金(外部資金)は取れるようになると感じています。

──ローカル5Gの上で動くアプリケーション

私自身はローカル5G/5Gの研究者ではありませんから、あまり通信技術の基礎的なことはよくわかりませんが、その上で動くアプリケーションについては多くの知見を持っているほうだろうとは思います。

海洋DXに関していえば、養殖の活性判定というアプリケーションを作りました。要はタイとかブリが餌を食べている/食べていない判定をいわゆるAIを使ってやります。これから、さらに養殖を発展させる上では、魚の正確な長さを測りたいという要望があります。養殖のいけすの中に、1匹1匹の魚の大きさを自動で測ることによって、今こういう大きさの魚がこういう分布でいますよね、という分析をすることになり、それは5Gの高解像度の画像転送が必要になってくるでしょうね。

あるいは魚などの個体識別をやるとしましょうか。例えばオスメス判定をする場合を考えます。なぜオスメス判定をやらないといけないかというと、例えばチョウザメの雌雄判定って3年ぐらい経たないとわからないんです。そうすると3年間は卵を持たないオスを飼育することになって、コストが無駄になります。もしそれが初期段階でメスだとわかれば対応が変わる訳です。コストがおおよそ半分になる。そのオスメス判定をどうやってやるの?といったら、例えば行動解析とかがもしできるようになったとしたら、オスっぽい泳ぎ方、メスっぽい泳ぎ方がわかったとしたならば、その初期段階で個体追跡をしてやっていけば、こいつはオスで、こいつはメスですって、もしできたとしたら面白いと思いませんか。 

そういうためには、やっぱり高い解像度の画像データが必要だし、チョウザメ養殖は北海道で盛んですが、屋外でやっていることだから、無線技術としてある程度の範囲内でそういうのが処理できるような回線は要るんじゃないですかね、とかいうことを考えています。

最近の取り組みとしては、アプリケーションレイヤーの具体的なサービス(商品)として、「うみログ」というIoT海洋モニタリングシステムとして株式会社アイエスイーを通じて販売しています。
https://www.ise-hp.com/products/umilog/

『うみログ』は、海上に設置して水温や水位、画像などのデータを観測するシステムです。ピンポイントな観測データをスマートフォンからもチェックできます。自分の漁場の情報をもっとタイムリーに知りたい、採水で海のデータ化はしているが手間がかかる、海を分析するために、もっとデータがとりたい、観測器は高価なので手が出せない、設置やメンテナンスが大変という方にうってつけだと思います。数で言うと、大手の通信会社の海洋観測機よりも出荷実績多いと思いますよ。

いずれにしてもこれらのアプリケーションの次のバージョンを構想した時には、どうしても5G/ローカル5Gが必須になるでしょうね。私たちアプリケーションの開発者が使いやすい通信環境が整うとありがたいですね。特に低価格化あるいは共同利用などがポイントになるかもしれません。

『海洋DX で地元を活性化する』
江崎 修央 氏
独立行政法人国立高等専門学校機構
鳥羽商船高等専門学校
校長補佐・研究主事・テクノセンター長
情報機械システム工学科・教授