Beyond 5Gというオープンイノベーションが現在の5G・ローカル5Gを加速する

「5G・ローカル5Gは、電波の産業応用としての方向性を確立しました。その土台の上で、Beyond 5Gが実現する世界、すなわち2030年ごろの社会は見えはじめています。既に萌芽しているIoTやデジタルツインは現実世界のほぼすべてのモノがつながるようになり、AIでシミュレーションしたものを実空間で駆動するサイバーフィジカルなどが実用化しているでしょう。人口が減少する社会では、メタバース上でロボットなどと協働することも可能にしなければならないはずです。このような社会の実現には、社会全体の神経網を担う通信手段が必要です。それがBeyond 5Gなのです」と語る中川拓哉氏(NICT)に、5Gから7Gへ至るロードマップにおける日本のとるべき戦略について聞いた。

──中川さん、というと総務省で5Gを立ち上げたキーパーソンの一人、というイメージですね。

中川 そんな重要な役回りをしている自覚はなく、ともかく目の前の課題をみなさんと一緒に取り組んでいったというのが正直なところです。多くの人に本当にお世話になりました。総務省の移動通信課に配属されたのが2017年夏で、私は5Gの電波を国内で利用可能とする検討などを担当しました。Cバンドと言われる3.7GHzから4.2GHz、4.4GHzから4.9GHzのほか、いわゆる「ミリ波帯」である27.0-29.5GHz帯のうち、どの帯域が国内で5Gに使えるかの検討です。航空機の高さを測る電波高度計(radio altimeter)に使われている帯域がありましたし、衛星放送、衛星通信の周波数帯域もあり、それらとの調整が任務のうちの一つでした。

その調整の過程で、ミリ波帯で一部の周波数(100MHz)が生まれ、幹部と議論になりました。その中で、様々な主体が自ら機器を整備し、免許を受け、その主体が専用の周波数を使えたら、さらに移動通信の使い方が広がるのではないかということで、今の「ローカル5G」が始まりました。こぼれ話ですが、当時の担当職員と幹部で「プライベート5G」、「ローカル5G」と2つ名前の案ができて、どれにするか?という話になりました。当時の石田真敏総務大臣が「5Gは地方から」とずっと仰っていたことや、言いやすさの観点から、「ローカル5G」という名称を案にしたことを思い出します。

移動通信課での勤務ののち、技術政策課で研究開発の担当になり、「Beyond 5G推進戦略(2020年6月総務省公表)」の研究開発パートの作成等を担当しました。2020年8月からNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)に出向しています。オープンイノベーション推進本部に所属していわゆるBeyond 5G基金を用いたBeyond 5G研究開発促進事業の運営を担当するほか、標準化推進室の室長を兼務しています。

──Beyond 5Gを少し詳しく説明していただけますか。

ご承知のように5Gは2020年3月にサービスが開始されました。スマホユーザーの感覚としては、エリアがまだ限られているとか、速くなった気がするけどパケット詰まりすることがある、という状況と思いますが、順次改善されるはずです。ただ、4Gとの最も大きな違いは、「一定の性能保証が可能となり『業務用システムを担えるようになった』」という点だと考えています。低遅延、多数接続はそのようなミッションクリティカルな機能を実現するための基本要素と思います。まだ現時点では業務システムとして普及しているとは言い難いでしょう。ユーザー企業にいかに導入してもらうかの営業コストや、無線LANなど他の手段との機器のコストの面で困難に直面していると思います。そのような中でも、例えばケーブルテレビなどでは使われ始めようとしていると認識しています。高度な利用である、工場等の工作機械への応用、建機の遠隔制御などの利用は実証実験止まりで、もう少し時間がかかると思います。ただ、5G以上の性能が必要とわかれば導入に理解を示してくださる方もいるはずで、ここからが挑戦です。
ただ、これは世界的傾向でみなさん同じ困難に直面しています。ここからいち早く抜け出したところが千載一遇の機会で先行利益を得る可能性がある、とも言えるかもしれません。

今の技術をそのまま進化させていった時の2030年ごろの社会はほぼ見えています。既に萌芽しているデジタルツインは現実世界のほぼすべてのモノがつながるようになり、AIでシミュレーションしたものを実空間で駆動するサイバーフィジカルなどが実用化しているでしょう。人口が減少する社会では、メタバース上でロボットなどと協働することも可能にしなければなりません。このような社会の実現には、社会全体の神経網を担う通信手段が必要です。Beyond 5Gはそのような神経網を担える通信性能が必要になり、そのために新たな技術革新のための「研究開発」が必要となるわけです。

『Beyond 5Gというオープンイノベーションが現在の5G・ローカル5Gを加速する』

Beyond 5G は、5Gで言われている超高速・多数同時接続・超低遅延をそれぞれ拡張する技術ですが、超低消費電力・拡張性も進化の方向性に入ってくることになります。新たなエリアの拡張には、衛星・HAPSなどが実現手段として選ばれることになるでしょう。さらに、より高度な信頼性や自律性も必要になるはずです。NICTでは「Beyond 5G推進戦略(2020年6月総務省公表)」に基づき、図にあるような研究開発の課題候補リストを作成しています。このリストは、NICTから様々な民間企業や学際機関に研究開発を委託させていただく際の指針としてお示ししています。

『Beyond 5Gというオープンイノベーションが現在の5G・ローカル5Gを加速する』

Beyond 5Gは5Gの10-100倍を目指すのではないかと考えられます。例えば5Gの多数接続は1 平方km当たり100 万台つながる性能でしたが、Beyond 5Gはその10-100倍、単純に掛け算をすると1,000 万台あるいは1 億台になります。そんなに多くのモノがつながらなくても、と思うかもしれません。ただ、例えば私が住んでいる50平米ぐらいのアパートに例えると、5Gは50台ぐらいが接続できる性能です。このため、スマホ、スマートウォッチ、家電等のほか、一部のセンサ類が接続したら、それで限界になります。さらに多くのセンサや端末の接続は担えないでしょう。前述のとおり、今の技術がそのまま進化するBeyond 5G時代では、あらゆるセンサをつないで、いろいろなものをシミュレーションするという時代になるため、その「神経網」を担うとすれば、Beyond 5Gレベルの性能が必要になることが、今の段階でもほぼ見えていると考えています。
我が国の今後の社会課題として人口減少にも対応しなくてはなりません。AIが人の代わりに気付きや分析を行って(シミュレーション)、それを現実世界にフィードバックするためには、それを担う「神経網」の実現が不可欠になります。
このようなあらゆるものをつないでシミュレーションするような世界の実現を、外国のネット系の大企業とかに握られちゃっていいのか?というのは私としても大きな問題意識をもっています。
このため、今、大規模な投資が欠かせないと思います。Beyond 5Gということで5Gより先も含めて考えると、6Gに本気で取り組まないと、その先の7Gで日本の存在感を示すことは絶対できないと考えます。このためにもまずは6Gの研究開発をしっかり応援していきたいですし、企業の方々にもこのタイミングでどうか投資をして、市場づくり、そして大きな利潤のチャンスに挑戦していただくことで、新たな地平と一緒に築くことができれば、この国の子供たちの未来にも貢献できると思います。

◎「Beyond 5G推進戦略」(令和2年6月総務省)
他方、普及及び産業化はそんなに簡単なものではないと思います。今、5Gの産業利用とローカル5Gは、「製品化」へ行けるかどうかという壁に面しているのかなと思います。「死の谷」と呼ばれるものでしょうか。6Gはまだ「応用研究」に来ようとしている段階ですね。応用研究は具体的には、研究所の中でどうにか動いてる状態のものを、研究所の外で動いている状態にできるレベルにする研究開発と思います。どのような技術も、先に進もうとすると、いろいろな壁が立ちはだかっている。市場ニーズを踏まえた技術ができるかの「魔の川」、製品化できるかの「死の谷」、製品が普及するかの「ダーウィンの海」と表現されています。

Beyond 5Gの関連技術を世に出していこうとするとき、これまでの分業ではなく、研究者自身ももっとビジネス側の感覚を持ち、ビジネス側の人を巻き込む力があるとこのプロセスがより早くなると思います。同様にビジネス側の人も、研究側の人たちへのアプローチがもっとあってもいいはずです。
しかし、今の総務省・NICTの支援の界面というのは、製品開発の手前までというのが現状です。公費を使う以上、当然という側面もあるのだとは思いますが、産業を盛り立てていくうえでも、もう少しここから先のいろいろな支援も踏み込んだほうがいいのではと思います。実際にはどこまでやるのかなというのが悩ましいところではあるのですが。

『Beyond 5Gというオープンイノベーションが現在の5G・ローカル5Gを加速する』

企業内における研究部門と事業部門のギャップも課題です。ある企業の場合、例えば研究部門が事業部門に対して20個くらい研究開発成果のピッチプレゼンテーションを行い、幹部が良いと思ったものについて事業部門が製品化を試みる、というケースが複数の社から聞かれました。これでは研究部門は「ピッチまでが自分の仕事で、事業化は別の人」という意識になってしまうし、事業部門は「よくわからない技術を押しつけられた。投資も研究開発の数倍かかるのに、本当に製品化できるのか」という感覚になり、結局、技術への熱意が、事業部門や、さらにその先の営業部門に伝わらないという話をお聞きします。

その他、新技術の普及に大きな課題となるのはやはりコストです。ローカル5Gの主要な課題の一つと思います。例えば5GとWi-Fiでは価格差が10倍あります。通信モジュールがWi-Fi だと7,000円で済むところが5Gだと7万円するわけですね。これは大きいですよね。他方で、仮にそれくらいの差があっても、「事業現場が必要というのなら買う」と言ってくださるユーザー企業の方もいらっしゃいます。ただ、そのような企業でも、仮に5Gが必要であるケースであったとしても、事業現場が意見としてうまく伝えられないこともあります。事業現場の方は通信の専門家ではないので当然通信の性能や数値で説明できない。もともと今の環境で事業をしているわけで、5GでなくてもWiFiで十分だし、新しいものを入れるのは大変だから、何ならとくに高度な機器は必要ないという話になる。このギャップを誰かが埋めねばなりません。実証実験などで総務省も支援をしていますが、事実上ビジネス化に向けては、ソリューションを提供する企業がそれを埋めることになります。そうすると、労働コストがかかるので、ビジネスとして成立しにくくなるわけです。

『Beyond 5Gというオープンイノベーションが現在の5G・ローカル5Gを加速する』

この図は、登大遊さんがデジタル庁でご講演したときの資料なんですが、例えばここで示されている「アヒル」が新技術をつくった側、つまりローカル5GとかBeyond 5Gをつくる側なんですが、アヒルがいろいろな企業さんに「こういうものがありますから、いいですよ」と言っても、物売りが来たというテイで跳ね返されるわけです。「強固なファイアウォール」ですね。
他方、実はこのファイアウォールっていうのは、この企業の中にいる「内通者(味方)」から外に対しては貫通可能なので、新技術の提供側が適切な情報発信だけ置いて知らん顔しておけば、新技術に感度・感性の高い「内通者(味方)」(「A群」と呼ぶそうです)が自分から取りに行ってくれる、ということなんだそうです。これをうまくやっていたのがAWSとかマイクロソフトなんですよということでした。とても参考になる見方だなと思いました。
GitHubもそうですが、「A群」が自分たちの手で創意工夫できるのに満足する情報を置いておき、もし何か質問があったらここね、という具合に、GitHubのように開発者に聞けるような状況を作る。新技術をユーザー企業に取り入れてもらうには、ユーザー企業の「A群」をエンジンとして、彼らの自主性・主体性を引き出す仕組みが必要ではないかということですね。

登さんは、実は日本は昔、この双方向のやり方で技術を発展した好事例があるということも合わせておっしゃっています。私は小学生のときに家庭用パソコンのMSXをいじってプログラム言語のBASICをちょっとかじっていましたけれど、そのとき買ってよく見ていた「マイコンBASICマガジン」のような雑誌がそうだというのです。この手の雑誌には、読者の作ったゲーム等がプログラムとして掲載されていましたが、あるMSXのゲームを他の機種(PC-8801やFMV、X68000)などに「移植」して、それをプログラムとして投稿する人なども出るなど、技術の展開で活況を呈していました。そういう双方向性を引き出した下地を活かせば、企業の中の「A群」に働きかけて新技術の社会実装を進められるんじゃないか、と彼は指摘しています。「がんばってもうまくいかないのであれば、やり方を変えてみる」と言うことだとすれば、非常にいいご示唆ではないかと注目しています。
そういえば、移動通信課で5Gの総合実証の仕事もしていましたが、建機の遠隔制御に協力いただいた大林組の方に、この「A群」に相当するような方が確かにいらっしゃいました。当時は上のような仕組みはなく、偶然の出会いで得られたと思いますが、そういう人にうまくアクセスできるような仕組みとともに、社会実装を試みていきたいと思います。

◎産業や技術は私たちの将来世代のため
2020年に実用化した5Gの意思決定者はいまの50代で、その下に40代の中堅、30代の若手が推進していますが、通信技術が「一世代の進化に10年」必要な現状を考えると、6Gの意思決定者は今の40代の人のはずですし、7Gは今の小学生が若手として活躍するんじゃないでしょうか。
私はいま40代半ばすぎですが、いまの研究開発プロジェクトの運営、しっかりやっていきたいなと思います。繰り返しになりますが、通信は神経網になりますから、安全保障上のリスクに配慮しなければなりません。ウクライナ・ロシア戦争でSpaceXがインターネット回線を確保したことは本当にいい教訓だと思います。日本の研究開発を応援することで、世界シェアが取れる企業が出てきてくださることを期待しますが、それ以前の問題として、我々の将来世代の通信基盤に、中身がよくわからない状態(ブラックボックス)を作らないようにしたい、と考えています。

──Beyond 5Gにはローカル5Gをより加速させるというミッションがあるという理解は正しいですか?

中川 性能を高度化するのが研究開発ですが、現在の下地の上でさらに性能を高めます、さらに使い勝手を良くしますということでもあるので、ローカル5Gが存在することによって、その方向性についても研究開発が進むと思います。移動通信もそうですが、あらゆるビジネス向けの通信回線は、必ず、ミッションクリティカルな部分が求められ、「ベストエフォートでは困る」という局面が登場すると理解しています。その部分にどれだけ訴求できる技術ができるかもBeyond 5Gの大きなポイントでしょう。
もちろんエリアの拡大とか、HAPS使えますとか、衛星使えます等の進化も産業応用にも結びつくので、ローカル5G以外のキャリア網も産業応用も加速すると思います。

──周波数帯別の議論に意味はあるのか、という議論も存在します。

中川 周波数はこれまで以上に適材適所になると思いますし、技術も手段は増える中で、最適なものを選ばれるようになるでしょう。先ほど少し触れましたが、Wi-Fi と5Gで価格差が10倍あるということで、本当にローカル5Gが必要なところにはそれを使って、後ろで抱える業務支援系はWi-Fiでいいよねとか、仕切ってあげる、プロデューサーに相当する人、組み合わせてあげる人が、コンサルタントとして成立するかもです。通信分野の知識だけではなく、他産業との横断的な知識が必要となりますから、掛け算の論理で、非常に稀有な人材でしょうか。このような人材の育成はなかなか挑戦的なテーマだと思いますが、このような人材という意味では各企業のA群もきっとそれに該当すると思います。

──中川さんにはそういうミッションもある?

中川 今の私のミッションには、そこまでのものはないですが、面白いとは思います。他方、私自身が役人しか経験していないという状況ですので、民間企業の経験も必要でしょうね。個人的には日本の2つの大変大きな問題は「人材の流動性」と「世代間格差」だと考えています。私は、土木工学の出身なので通信以外では、土木はちょっとだけ知っていますけど、業務経験はないわけです。雇用流動性があると、いろいろな職務経験を持った人がいて、そういう境界領域をつないでくれる人が出るかもと思います。

──制度設計そのものにエンジニアが注文を出していく必要があると思いますか?

中川 あくまで仮の話ですが、例えばアンテナのチルト角が固定になっていたら工事現場で移動範囲が限られて、使い物にならないということを、建設業の方がおっしゃるのは意見として迫力があると思います。通信機器メーカーさんとか、通信事業者さんがおっしゃるのももちろん理解はできるのですが、当事者からのご意見とも言えますでしょうか。

──Beyond 5Gの性能の一つとして省エネがあります。具体的な実現方法は?

中川 省エネのアプローチはいろいろあると思いますが、素材も大きいかもしれません。いわゆるパワーエレクトロニクスで低消費電力を実現する研究開発は、前述のBeyond 5G研究開発促進事業の「研究開発課題候補リスト」に含まれています。また、ヘテロジニアス光電子融合技術、電気を使うより光を使う技術などもありますね。その他、基礎研究にちょっと寄っている技術は、実現に少しお時間がかかるかもしれないですね。
また全体として、例えば通信量(メガバイト)当たりの消費電力は下がっていく、という方向性で省エネを達成するというアプローチもあると思います。

『Beyond 5Gというオープンイノベーションが現在の5G・ローカル5Gを加速する』

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
標準化推進室長
Beyond 5G研究開発促進事業担当
1976年生まれ、大阪府出身、子3人
2002年 総務省採用
2009-12年 在ロシア日本大使館
2017-19年 総務省 移動通信課5G立ち上げ
2020年 現職