儲かる農業のために5Gを活用する—旭川高専の挑戦
旭川工業高等専門学校は、全国高専ロボット・コンテストでは1993年と2003年に優勝、1998年に大賞を受賞している“常連校”。全国高専体育大会硬式野球においても2002年と2008年に優勝するなど、部活動が高いレベルで盛んな高専だ。卒業後に大学へ進学する学生は全体の約40%にのぼり、北大をはじめ優れた理工系の大学を目指すなら旭川高専に入学した方が近道、という状況になっている。各種研究コンテストへの参加も盛んで、今回は以後直樹准教授に「トマト栽培を5Gで観察」そして「水道管を可視化する」という2つのプロジェクトを紹介していただいた。
日本で一番北に位置する高専
── 旭川高専の特徴を教えてください。
以後 高専の中で一番北にあるということですね。高専の北限が旭川です(笑)。雪がたくさん降りますので、「雪とともに学ぶ高専」でもあります。夏は夏で暑いんですけどね。周りには農業に従事している方が多いので、農家・農業との連携を考えることが多いですね。それと、旭川とはいえ北海道の一部ですから、大規模農業も多いのでやはりスマート農業の可能性などに関する実証実験なども多いです。
私も高専出身なのですが、高専の教育は今の日本のものづくりをある程度支えている部分もあるのかなと考えていて、即戦力の技術者を輩出するという意味では高専はかなり世の中の役に立っているはずと自負しています。ただ同時に、最近は大学へ編入して、そこから研究者になったり技術者になったりして第一線で活躍されている方が増えているなあ、という印象もあるので、そういう人の根っこの部分が「高専」であるということをぜひここで強調しておきたいです(笑)。
MRゴーグルを通じてトマトを5Gで管理
── トマトの情報を5Gネットワークを使って解析しているそうですね。
以後 はい。簡単にご説明しましょう。この取り組みは、まず初めにワイヤレスIoTコンテスト(高専ワイヤレスIoTコンテスト)という高専しか応募できないコンテストがありまして、そこにチャレンジしようということで取り組んだ内容です。
たまたまトマト農家さんの子がちょうど研究室にいたので、その子に「家で困っていることない?」っていろいろ聞いて、どんなことができるだろうね、ということをいろいろ考えていって、ICTと5Gとかそういうのを使って農業をDX化できればいいよね、という話が立ち上がりました。
トマトを収穫するときには、農家さん以外に、アルバイトの方なども雇って収穫してるのですが、アルバイトの方は実際には素人ですから、取っていいトマトと、取ってはいけないトマトの区別が意外と難しいという話があったんですね。じゃあそこ支援しよう、ということになり、MRゴーグルという、そこにバーチャルな情報を出せるゴーグルがあるので、それを使って実際に画像処理的にトマトを見て、トマトの甘さとすっぱさ、大きさをまず推定してみようということになりました。さらに、統計解析的にトマトの値段、市場の価値を見極めて、前後3日間の情報を出して、最も高く売れるタイミングを演算して予測する、というシステムを作りました。
── トマトの収穫は、ある特定の期間に集中するんですね?
以後 北海道では、ということですね。最近のトマトはハウス栽培されているので、ある意味、年がら年中取れるのです。北海道は雪が降りだす時期になれば終了ですが他地域では、特に時期は定めず年中収穫するところが多いです。なので皆さんは「スーパーにトマトがない」という経験はあまりないはずです。
実際のシステムの動きとしては、トマト農場でゴーグルをかけた人に実際にトマトを観察していただき、その画像データを解析するサーバーに送って、そこからトマトの領域をとってきて、その領域に対してもともと学習しているAIを使って、甘さと酸っぱさを算出します。普通の深度センサが入っているので、その画像処理的なところから大きさは判別しています。その結果をもう一回5Gのネットワークを介して、ゴーグル装着者にフィードバックをかける、というような流れになっています。
結果としては、実際、収穫に使うというところまではまだ出来上がっていない部分もあるんですけど、トマトの甘さを85%くらいの精度で当てることできるようになりました。データを増やせば、もうちょっと精度が上がるはずです。大きさの推定に関しては誤差±15%くらいの精度に到達してます。2,000〜3,000個のトマトを観測してきました。学生も頑張って、トマト切っていました。しばらくトマトは見るのも嫌、って感じになってましたね(笑)。
ネットワークを使う、という意味ではこの実験が一番ホットですね。もちろんトマト以外の、実がなるような野菜や果物だったら対応できると思っていて、どうやってデータ集めができるか次第です。気合いと根性とお金があればトマト以外もやります(笑)。
── 利用しているのはローカル5Gではなくてキャリア5Gですね?
以後 企画自体はローカル5Gにうってつけなんですが、基地局を設置する予算がないので、普通に飛んでいる5Gネットワークを使っています。
── この研究のグループのメンバーの中にJAの人は入っていらっしゃるんですか。
以後 メンバーにはいませんが、実際に地元のJAの取材を受けたことはあります。とても興味を持っていただきました。
── 5Gを使う部分で何か困ったことはありましたか?
以後 畑の全てのエリアを5Gではカバーできなかったことですね。実際には4Gでつながっていることもそれなりに多かったです。実行速度は4Gと5Gでさほど有為な差はなかったですね。回線が混み合うことが少ないので、4G(LTE)でも意外といけるんです。一番近くて5キロ離れていないくらいのところに(5Gの)基地局はあるんですけどね。
水道管をデジタル的に可視化する
── では今一番力を入れている研究はなんですか。
以後 上下水道3Dプラットフォームから始める「スマート・ライフライン」ですね。
これもコンテストものですが「インフラテクコン(インフラマネジメントテクノロジーコンテスト)というのがありまして、高専をメインターゲットにしたコンテストですが、インフラの困っていることを解決するのが目的です。私たちの研究は「埋めてある水道管をデジタル的に可視化することで工事を便利にする」というものです。
実際に埋まっている水道管をデジタル的に可視化できると水道工事は便利になるはず、というのが仮説です。現状は紙のデータが主流で、たとえデジタルであっても微妙なデータが少量しかない、という状況なので、その辺をうまいことまとめて3Dで表示できればいいよねという話と、実際に水道管を埋めるときには一応図面は引くんですけど、実際に掘ってみて、ここに、これ入らないね、ということになると、現場である意味、勝手に変えちゃうことがあるんです。これが難しい。
── それは致し方ないですよね。
以後 「変えた」という情報が共有されていないことも意外と多かったりするらしいので、その辺もちゃんとみんなで共有できるようになるといいよね、ということを考えて、こういう研究を始めました。
── 変えて埋めた状態をも3D化する、ということですか?
以後 そうですね。実際に今世の中にある紙のデータをデジタル的に取り込んで、3D化するつもりです。加えて管の劣化に関する情報も集めていきたいとも思っています。これに取り組む中で、地域の人たちといろいろお話とかをしていてわかったのですが、街中は普通の水道管が通っていて蛇口をひねれば普通に水が出るわけですが、少し田舎に行くと、ある意味、水道そのものがなかったり、自分たちでつくった私設の水道がある、というような話が結構あって、つまり水道法で管理されず、行政もタッチしていない水道が意外と多くあるらしいんですよ。埋めたはいいけど、それは埋めた人たちの記憶の中にしか残っていない、ということがままあります。
記録しておいても、ざっくり紙に書いてあるようなものしかなかったりする、という話があるらしくて、なおかつ、それを担当していた人たがかなり高齢化していて、そろそろデータを残すのにも危ない時期になってきている。ではそれもなんとかしよう、ということで考えています。
── 記憶を掘り起こしてデジタル化するということですね?
以後 とりあえず記憶の中にある人たちもたぶんお年寄りが多いだろうという想定で、その人たちにデジタル端末を使って、実際に紙の地図に水道管の位置などをマークして、線を引っ張ってくださいという話にして、それを実際に画像処理的に認識をかけて、さらにそれをデジタルと位置情報とか併せて取り込むことができれば、デジタル化できるんじゃないかなという考えて取り組んでいます。
── 正確かどうかは、ちょっとわからないという話になってきますね。
以後 微調整は実際に現地でやるしかないですね。どれくらいの深さに埋め込まれているのかもバラバラですからね。プロが埋めているわけでもないので、そんなに深くはないとは思いますが。
── これは、将来通信とつながっていく可能性が高いですね。
以後 そうですね。将来的に全部のデータベースみたいなものができたら、そこに対してアクセスしてデータを抜いてくる、みたいな話にはなるのかなと思っています。下水も対象にしようと考えています。
電波利用に関する要望
── 最後に、電波利用に関する要望をお聞かせいただけますか。
以後 5Gもそうなんですけど、こういう電波って最終的には企業さんが基地局を建てて使うという話なので、やっぱり利益を考えなければいけないと思うんです。そうするとどうしても大都市優先でどんどん基地局が増えて、それを利用できるエリアがだんだん都会から田舎に降ってくるという形にはなっているので、みんな平等に増えていくのが理想的だとは思うのですが、なかなか企業に対しては難しいかなと思うので、国として基地局を建てて、それを貸し出すみたいな話のほうが良かったりはするのかなと思ったりもするけど、なかなかそれも難しいでしょうから、みんなが平等に5Gを使えるという世界は、そのうち来るのか、それともそれが来たころにはもう次の6Gが来ているんじゃないかという話もあるので少し悩ましいですね。
都会で使う分には、5Gを使っていろいろなソリューションをつくるという話はたぶんビジネスとしても成り立つし、ありだとは思うのですけど、僕たちのいる田舎で5Gを使って何かをやろうと思っても、結局、使いたい場所に5Gが飛んでいないという可能性のほうが高かったりするので、そういうところをローカル5Gで埋めろという話だとは思うのですけれども、でも、ローカル5Gの基地局建てるにもそれなりのお金が要るので、その辺は行政とうまくやっていかないといけないのかとは思っていますね。
── 高専は、各都道府県の第二の都市にあるというイメージがあるので、そんなに田舎じゃないような気がしますが。
以後 たぶん都道府県によりますね。ほんとに田舎にあるところもありますし、町の中にあるというか、都会にあるというのもあるので、意外にどこにあるとも一概には言い難い部分もありますけど、でも、第二の都市にあったとしても、結局、町の市街から離れていたりすると、結局、5G使えないよ、みたいな話にはなってきたりします。その辺は通信会社ともうちょっと仲良くして、高専に基地局建ててもらったほうがいいのかもしれないですね。建ててくれれば、研究や実験に限らず、授業などでも使えるようになるでしょうね。
[取材先]
旭川高等専門学校 准教授 博士(工学) 以後 直樹 氏