KDDI総合研究所と5G・IoTデザインガール、超高齢社会の課題を解決できる人材の育成・創出を目指すプロジェクト「ソーシャルデザインエルダー」をスタート
「ソーシャルデザインエルダー」は超高齢社会におけるさまざまな課題を現場目線(自分ごと)で捉え、デジタル技術を活用して解決できる人材の育成・創出を目指すプロジェクト。これは5G・IoTデザインガールプロジェクトの知見・ノウハウを企業向け研修プログラムに活用する初めての事例。今回、株式会社KDDI総合研究所とのコラボレーションにより実現した。
KDDI総合研究所の服部元氏、前島治氏、incriの鬼澤美穂氏にお話しをお伺いした。
ニューノーマル時代のライフスタイルを探るKDDI research atelierの活動
──KDDI総合研究所は2020年12月にKDDI research atelierを開設していますね
服部 はい。現在我々はKDDI総合研究所のKDDI research atelierに所属して活動しています。そこでは、世の中の技術を活用しながら、生活者の未来のライフスタイルに関するリサーチ活動を行っています。10年後にどんな新しいライフスタイルが出てくるのかを予測するため、まずはその兆しとなる一部の先進的な生活者の行動を現時点の情報から見つけ出し、次にそれをどのようにしたら一般化できるのかについてアイデアを膨らませていきます。そこに技術を活用することで一般化を加速させることも視野にいれ、社外のパートナーとも連携して新しいライフスタイルを広げていくためのリサーチ活動を進めています。今回のソーシャルデザインエルダーもその一環となります。
ソーシャルデザインエルダーのベースとなっているライフスタイルは、働き方に関する新しいライフスタイルであり、人々がリスキリングを積極的に行い、働くことに関するライフステージが今よりももっと細かく分類されるような、そんなライフスタイルが中心になっていくだろうと想定しています。働く世代がどうやって新しい知見を獲得して新しいステージに活かしていけるのか、というリサーチの一環として、今回は経験豊富なエルダー、つまり40代・50代の方の次のライフステージを対象とした、新しいスキルを獲得する方法について検討しています。
加えて、KDDIでは“地域共創”が大きなテーマの一つでもあるため、今回、地域共創に役立つようなスキルとはどんなものなのか、それはどうやって獲得できるのか、ということを検証するためのプログラムを考えることになりました。その際、地域課題に取り組む5G・IoTデザインガールのこれまでの知見が活かせるはず、と考え、デザインガールが取得する情報をどう組み合わせると効果的なソリューションが作れるのか、そしてそれをうまく回していこうとするときにどんな能力が必要なのか、という課題を設定しました。今回のプロジェクトではここで “共感力”という言葉が浮上してきた、というところです。
──“共感力”がキーワードというそのプロジェクトの概要をご説明いただけますか。
鬼澤 「ソーシャルデザインエルダー」は超高齢社会におけるさまざまな課題を現場目線(自分ごと)で捉え、デジタル技術を活用して解決できる人材の育成・創出を目指すプロジェクトです。これは5G・IoTデザインガールプロジェクトの知見・ノウハウを企業向け研修プログラムに活用する初めての事例であり、今回、ご縁があってKDDI総合研究所とまずは始めよう、ということになりました。
5GやIoTをはじめとするデジタル技術の活用で、生活者一人ひとりに最適化されたライフスタイルや多様な幸せを実現できる社会が期待されているわけですが、ここにはデジタル技術に加えて多くの人の経験やアイデアが必要ですし、さらにそれらをとりまとめるためのコミュニケーションが重要です。さまざまな業種、業界、生活の課題を高い共感力で自分ごととして捉え、課題を抱える現場とデジタル技術をつなぎ、解決に向けた提案や新規ビジネス・サービスを創出することができる「デジタル社会人材」が求められています。
前島 今回のプロジェクトは、40代・50代の中高年ビジネスパーソンを対象に、デジタル社会人材の育成・創出のためのプログラムの検討と運営、その繰り返しによるプログラム改訂とデジタル社会人材像の明確化、多様なデジタル社会人材自体がつながるための場や機会の提供、を目的としています。
具体的には、有識者による講演と、課題抽出体験型ワークショップを実施します。デジタル社会に向けて取り組んでいる地方においてフィールドワークや異なるバックグラウンド(地域、業態、年齢層など)を持つ人たちとのコミュニケーションを通じて、社会課題の抽出と解決策の提案・発表を行います。その後、ワークショップを経て気づきの共有や、共通のトピックスでのディスカッションを通し、学びや意識の定着を図ろうと考えています。
鬼澤 5G、Beyond 5Gが普及すると、モノもつながる進化を遂げているので、通信事業者だけでなくいろいろな業界とつながって事業創出やアイデアを多様なバックグラウンドの方たちと現場視点でディスカッションし、さらには現場や現場の方に共感して、デジタルを活用した最適な何かを提案していくというプログラムとも言えます。デジタル社会における特に40代・50代の中高年の方が第二の人生を考えたときに、そういう方たちはどういうスキルが大事になってきて、どんな活躍の仕方があるのだろう、というのをまずは探ろう、ということになりました。
服部 デジタル社会になって、生活が多様化してくると、生活の課題を一人ひとりが生活者として自分ごと化して捉えて課題を見つけていく必要があるだろう、ということで、第1期は鹿児島県と薩摩川内市にご協力をいただき、十数社の企業から1、2名ずつの40代・50代の方たちに鹿児島に足を運んでいただきました。薩摩川内市や鹿児島県の方から直接、地域の課題や展望をお話いただき、小学校の跡地のイノベーションラボ、酒造巡り、火力発電所の跡地、など様々な場所を見学しながら五感で色々感じ取っていただきつつ、組織外のいろいろな業界、会社の人たちと1泊2日を過ごしてもらいました。その2日間でそれぞれが感じ取ったことを “共感”をキーにしたワークショップで具体化し、最後に、薩摩川内市さんへの新しい提案につなげます。これはサーキュラーエコノミー都市を目指している薩摩川内市さんへのギフト(御礼)という形になります。
デザインガールのキーワードである“共感力”であったり、“利他の心”であったり、“巻き込み力”をベースに、このプログラムを40代・50代のいろいろな企業の方たち向けにincriさんと共同でプログラムを作って実施しました。第1期がとても好評だったので、2023年3月に第2期を実施しています。
──共感をデザインするフレームワークって色々ありますよね。
鬼澤 はい。いろいろなフレームワークがありますね。フレームワークを使う目的は、多様な意見や様々な角度からのディスカッションを引き出し掘り下げることです。これは私も含めてですけれども、ゴールに向けて最短ルートで何かを導き出そうとしがちな方がやはり多いです。「これは何をするためにやるのですか」「アウトプットのテンプレートください」と言われることもよくあります。ですからこのプログラムの共感ワークショップは多様性ある参加メンバーが多様な意見を出し合うための土俵づくりなのだということを理解いただけるように、雰囲気づくり含めて実施しています。
数あるフレームワークの中でもCVCA(Customer Value Chain Analysis)とWCA(Wants Chain Analysis)はデザインガールのワークショップの中でもキーでして、1対1ではなく、複数のステークホルダーを洗い出し、さらにそれぞれの視点でウィンウィンウィンなつながりを創るための価値循環をしっかり考えていきます。ステークホルダーすべてに価値が流れないとサステナブルにワークするソリューションにつながりません。それぞれがどんな欲求欲望を持っていて、どんな価値を他のステークホルダーに与えうるのか、これを理解して可視化するにはまさに“利他の心”の“共感力”が必要になってきます。このプログラムの終盤では薩摩川内市に共感して、掘り下げた課題やインサイトからステークホルダーを洗い出し、どういう価値循環できるかをグループワークでやっていきます。
加えて、マインド的な側面としては、自社・自分中心の天動説ではなく自社・自分も変動要素である地動説で考える必要性を伝えています。今回の参加者は大企業の方たちが多かったのですが、自社のソリューションや新規事業を考える場合、どうしても自社・自分を真ん中にして周囲の関係をどうやって建て付けていこうかという考え方をすることが多いそうです。それを自社・自分中心ではなく、変化の激しい環境の一つの要素であり、客観視したうえで他者にどんな価値を提供できるのか、価値循環しなければ成り立たないというユースケース中心のエコシステムを考えるマインドをこのプログラムの中で醸成していく狙いがあります。
また、「共感者とインセンティブ設計者」の立場、ですね。デザインガールは共感者です。現場に出向いて、現場の方と関係を創って深く入り込んで共感をしていくのが得意です。ソーシャルデザインエルダーのプログラム参加者は共感者になってもいいですし、共感者の掘り下げた現場の欲求欲望からステークホルダーの価値循環を考えるインセンティブ設計側になってもいい。もちろん両方でもいいですけど、参加いただいた方たちの話を聞くと、インセンティブ設計者を目指したい方が多かったです。
会社の組織で言うと管理職がインセンティブ設計側で、現場に行くのが担当という上下関係になることが多いですが、一番大事なイノベーションの種になる気づきを見つけるのは、現場に出向く共感者です。上下関係ではなくイコールパートナーシップの「Zero gravity」で、それぞれが共感、尊敬、信頼をし合って、先ほどのエコシステムと同じようにフラットな関係を築いて共創することが変化の激しいデジタル社会において大切ということを体感して欲しい。現場に入り込む大切さや共感する難しさに触れ、現場から持ち帰った知見をCVCAなどのフレームワークを通してどうやったら誰か一人だけがうれしいソリューションにならずに、グルッとそれぞれに価値を回すことができるか、をこのプログラムの中で考えていきます。
──Zero gravityは、「無重力」という意味ですよね。
鬼澤 そうです。私たちincriはZero gravity societyをパーパスにしています。誰が偉いとか、誰がマジョリティとかではなくて、一人一人がそれぞれの得意や好きな分野のカラーで輝いていく、みたいな意味合いを込めた造語です。これまでの価値観からするとインセンティブ設計者が共感者より立場が上の構図が多かったですが、どちらも大事だよね、イコールだよね、両者の尊重が不可欠だよね、ということを体感いただくために鹿児島まで行って、鹿児島のデザインガールと交流し、現場の課題や展望を感じ取って、地域や周囲の参加者に共感していただく。そうすると、信頼関係ができるので、いろいろなヒアリングやディスカッションを重ねながらどんどんインサイトを深掘りできるのです。
──実際プロジェクトをやってみて気づいてくれた感じはありましたか?
鬼澤 そうですね、アンケートの結果もすごく良くて、「共感が大切」というところを実感していただいたのが嬉しいです。鹿児島から帰ってきて3カ月、月に1回ペースで全3回、9月が第1期の最終回でしたが、自社に取組や学びを持ち帰りたいなどほぼ全員の参加者に好評でした。プログラムの内容も評価いただきましたが地方に一緒に行くと仲良くなる効果もあり、その後のフォローアップも相まって、外とつながる大切さを再認識したとか、参加者それぞれの業界視点のクロスディスカッションによる薩摩川内市さんへのギフト(御礼)提案できたのがすごく良かったというような話もいただきました。
また、地方に行かないとわからないことがいかに多いか、会社内の人脈や考えに凝り固まっていたと気づいたという言葉をいただいて、1社でずっと活躍されてきた方が、外に出ていったときにどんなことが大事かということをこのプログラムでちゃんと体感していただいたことは、次への励みになっています。
前島 参加者がプログラムでの気づきや学びを受講後、実務で実践していただくことも大切です。「共感」に関しては「プログラムを受けただけでなく、日々練習、努力が必要」ということをプログラム中、incriさんから参加者へ説明していただきました。この点を理解いただき、職場に戻ってからも実務の中で意識していきたいといった実践意欲をアンケートで回答された方がいらっしゃったのは嬉しいですね。
我々事務局としては、研修を受けたあとも一定期間、経過観察のような形で定期的にアンケートを取ることを考えています。プログラムを受講しました、だけではなくて、その後も実務においてどのように実践されているかをフォローして研修の効果を検証していきたいと考えています。
プログラム自体については、参加者から概ね肯定的な感想、評価をいただいています。また、今回のプログラムは“共感力”に着目して設計しており、共感力向上の観点でプログラムの効果をどうのように検証するかについてもアンケート調査を試みています。例えば、教育心理学の分野の過去の研究事例などをよりどころにして、プログラムの参加前後で、共感性に関する心理尺度のスコアがどのくらい変化したかを評価しようとしたのですが、このあたりの評価手法はなかなか難しいですね。
もともと参加された皆さんが共感力の高い方だった可能性もあり(笑)、他にも要因があるかもしれません。参加者が今回20名程度だったので、まだ少ないというところもあるかもしれません。どういった観点でプログラムの効果検証を行うのかは、今後も引き続き考えながら進めているところです。
鬼澤 まず第1期、デザインガールの手法をベースにやってみて、共感力という観点では、数回のプログラムだけではなかなか混乱する方も多くいらっしゃり、実際、身につけるというのは現実的ではないと感じたところも正直あります。ただ、これをやることによって、いかに共感が難しいか、そして現場に深く入り込むすごいことをやっているのかという共感者へのリスペクトは参加者のアンケート結果からしっかり受け取ってくださっていることはわかりました。今後のプログラムでは共感力を身につけるというよりはその大事さを学んで、今時点では組織や会社の中では上下関係になりがちなインセンティブ設計者と共感者とのZero gravityな信頼関係を構築する重要性を理解いただく内容にブラッシュアップしていければと思います。また超高齢社会を見据えて、多様なシニア向けのサービスや製品がありますが、シニアではない人たちが考えているものも多いと思います。数十年後にプログラム参加者の方たちがいわゆるシニア世代と呼ばれるようになったときに、シニア世代の代表者として周囲の同世代に共感し、意見や欲望を発信してイノベーションにつなげる人材になられたらなと。その視点から評価軸を変えていくというのも必要かなと思います。
──デザインガールとしてKDDI総合研究所さんと組んで良かったことは?
鬼澤 左脳と右脳の合体ですね(笑)。デザインガールの活動をこれまでやってきて、なんとなく体感知は持っていましたが、それを服部さん、前島さんをはじめKDDI総合研究所さんたちが論理的にプログラムに落としこんでくれる。すごく有り難かったですね。私たちだけではなかなかできなかったことです。今後もKDDI総合研究所さんと連携を重ねていければ、私たちが期待する以上に“共感力”をさらに言語化・数値化していける予感がしています。
服部 ありがとうございます。我々も傍から見ていて、鬼澤さんたちが40代・50代の方たちの考え方にちょっと共感し切れていないらしいということが伝わってきました。我々のほうが年齢も年代も近いというところで共感できたという側面があることも否定できないので、その辺りも含めて今後も連携させていただきたいと考えています(笑)。
服部元氏:株式会社KDDI総合研究所 KDDI research atelier
atelierデザイン部門 ライフスタイル・プロジェクト2グループ
グループリーダー
前島治氏:株式会社KDDI総合研究所 KDDI research atelier
atelierデザイン部門 ライフスタイル・プロジェクト2グループ
コアリサーチャー
鬼澤美穂氏:株式会社incri 代表取締役CEO / 日本オラクル株式会社 クラウド・エンジニアリング統括 ソーシャル・デザイン推進本部 ブランドマネージャー