FPGAの実装力で勝負するエイビット -次のローカル5Gの本命は間違いなくミリ波の実用化-

株式会社エイビットは、5G ・ LTE・LPWA ・PHSなど,各種無線通信方式を利用した通信端末の開発を得意とする。キーテクノロジーは仕様書で記載されている機能をFPGA等使用した製品で具現化する力だ。遠隔検針やセキュリティ、防災ソリューションといった大規模IoT需要分野に精通しており、特に都市ガス、LPガス用遠隔検針ユニットでは国内トップシェアを誇る。5Gの測定器メーカーとしても通信キャリアに多く採用されると同時に、5G分野については、無線技術・実証実験サポート、機器開発支援など、導入初期段階での強いコンサルティング力を武器として多くの実績を残している。

仕様策定に最初から関わる研究開発型企業

──株式会社エイビットは一言でいうとどういう企業と考えれば良いでしょう。

池田 我々は「研究開発型企業」という形で説明するのが一番わかりやすいかなと思います、5Gも標準化段階をつくるときからNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)等研究機関と共同で実験装置を開発、施策策定の補助をしています。世の中にまだ通信チップが出ていない状態で、FPGA(Field Programmable Gate Array)で先進的な機能を実装している会社だとお考えください。

ローカル5Gの免許規格の策定段階からNICTさんや総務省さんと試作を含めた提案や活動を行なっています。従って、当然ですが弊社は日本で最初にローカル5Gの免許を取得した会社の一社ということになります。2021年10月には、そのNEDOさんに採択された「超低遅延向けポスト5G半導体チップの研究開発」プロジェクトで開発した半導体を幅広い用途でご活用いただけるよう実証実験を展開する、と発表しました。エイビット製半導体の特長は、URLLC(低遅延高信頼通信)にあります。スマートファクトリーで使われる制御装置、自動装置への組み込みが期待されています。

このエイビット製半導体を利用した将来のローカル5Gシステムを想定し、国内で多くの工場を運営している製造業のリーディングカンパニーであるトヨタ自動車株式会社様で、自社工場ならびに事業場にて実環境におけるローカル5Gユースケースの検討および評価作業を実施しています。ここでは工場内における高速無線通信ネットワークの構築を加速させ、TSN(Time Sensitive Network)の無線化による業務の効率向上、将来の導入コスト低減、ローカル5G市場の活性化を狙っています。更に業務効率化による労働環境の改善と省エネでローカル5Gを活用したSDGsを実現する工場の構築を目指していきます。

そして工場内における様々なユースケースを確認することで得られる知見を、当社の自社製品へ反映し、お客様のニーズに則した製品を開発していけると考えています。ローカル5Gの企業ユーザーからの問い合わせにも積極的に対応していますが、同じ企業ユーザーが別のベンダーに問い合わせた場合でも、裏では当社が技術支援している、というケースも多いはずです。

『FPGAの実装力で勝負する研究開発型企業』

FPGAの実装力で勝負

──FPGAをもう少し詳しく説明していただけますか。

池田 文字通りの意味としては「実装したい現場で書き換え可能な論理回路を実装したデバイス」ということになりますが、ASICで実装できる任意の論理機能を実装しつつ、出荷後の機能更新や再構成が可能なのがFPGAです。簡単に言うと論理回路設計を間違えても即座にその場でハードウェア言語にて修正が出来るデバイスということですね。通信モデムのところをFPGAに落として、市場ニーズに合わせた時期で量産化することができるのは当社だけでしょう。

まず、ベースとしては3GPPの規格をしっかり入れて、それに基づいて実装という形をとりますが、その実装の方法について規格がある訳ではありませんから、どうやって実装するかというところがまさに当社の技術力になります。3GPPの規格を100%実現したら何億円という金額になってしまいます。何をカットしたらいいのか、何をすると、製品として成り立ちながら、かつコストも適切かという判断がつくのが弊社の一つの技術力だと思います。仕様を読み解いて、その中で取捨選択が正しくできるかどうか、ということです。ドキュメントからプログラムに落としていくのは結構大変なんです。

──キャリアさん(オペレータ)によってニーズが微妙に違う、ということですね?

池田 そうですね。各社、マストなところ、グレーなところ、曖昧なところがあって、その曖昧なところは、キャリアさんとか基地局の装置のベンダーごとに理解が少しずつ違ってきたりするんです。そこをどう実装していくかが課題です。ただ弊社は自社製の測定器も持っていますので、このあたりが強みになることが多いですね。曖昧な実装を読み解いて、ここの基地局のベンダーさんはこのように実装しているな、じゃあこういう方向で開発しよう、という具合です。キャリアさんだけでなくて、場合によっては直接ベンダーさんのほうのサポートもさせていただきます。チップのベンダーさんがある特定の基地局とつなげたいとき、その仕様書をちゃんと出してもらえれば全部実装できるのですけれども、なかなか出してくれないケースが多いのが実態です。3GPPでわかるところは実装するけれども、曖昧なところをどのように実装したらいいかに悩むことが多い。当社には、仕様書がもらえないときには実際に電波を飛ばして、それを解析して、こういう形で実装しているからこのようにしたらいいですよ、とリコメンドできる技術力・現場力があります。

『FPGAの実装力で勝負する研究開発型企業』
営業部 藤野 学 氏

ローカル5Gで専門医の遠隔サポートを実現

──ローカル5Gを具体的に利用したユースケースをご紹介いただけますか

藤野 例えば「専門医の遠隔サポートによる離島等の基幹病院の医師の専門外来等の実現」を実施しました。もともとは総務省さんの実証実験ですが、実は今、実証フェーズを離れ、実際に稼働し続けていて、実務に貢献していると思います。

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専門医は本島にいるんだけれども、離島の病院を見るということです。具体的には、五島列島にある五島中央病院で特殊な症例などがあったときのサポートを長崎大学の病院の先生が実施します。本島と五島列島までは海底光ケーブルでつないでいますが最後の病院のところにローカル5Gを利用しています。実験のために始めたんですけど、評判が良いので、この適用範囲を拡張していこう、という話になっています。

「診療に耐え得る」画像が安定して通信できるというのがローカル5Gのいいところだとコメントいただいています。品質が高い画像を安定して、ユーザーから見たらストレスがないレベルのものですね。Wi-Fiの場合は、たまに切れてもいいという使い方で想定されてつくられているんですけども、もちろん電波とか問題なければ、使えるときはずっと使える形になるんですけども、使えないときは、例えば近くにスマホを持って来ただけで電波が混信して切れちゃうとか、なかなか環境が揃っていないとWi-Fi もこういう環境で安定的に通信するのが難しいことが多いのです。

実験は、病院という建物の中で、どういう電波の飛び方をするかというところから始まっています。基地局1つ設置して、手術室は金属の扉とか材質が多いので反射するのではないか、隣の部屋まで行くのか、セキュリティ上、病院の外に電波を飛ばしたくないという要望等々、いろいろな現場の状況を調査しました。実際には、Sub6の電波は屋内で部屋の中に向けていると部屋の中では飛ぶ、隣のところは飛びにくいとか、、外には電波は漏れません、などいろいろなことがわかってきて、現在の使い方になっています。

同じ年に「中核病院における5Gと先端技術を融合した遠隔診療等の実現」:滋賀県高島市)も実施しました。

『FPGAの実装力で勝負する研究開発型企業』

これも弊社の製品の特徴なんですけど、もともと屋内の電波を飛びやすいようにチューニングするのが得意なので、工場の屋内の通信が良くなるような仕組みを開発中に、長崎の事例を聞きつけた滋賀県からお話があった、という経緯になります。

電波はローカル5Gだけにこだわる理由はありませんから、Wi-Fi なども必要に応じて組み合わせます。特にWi-Fi 6Eは使える、と思います。Wi-Fiは、もともと最初が立ち上がりにくいけれども、立ち上がったあとは干渉がなければ安定的につながるという特徴があります。なので、最初はちょっと遅いって感じるんですね。ただ、使ったあと、意外ときちんとデータが流れる。その時点で同じ周波数帯のものが邪魔さえしなければ、わりと高速に流れます。なので、例えばスマホを持ち込むだけで電波がすぐ干渉してしまい、使いにくくなってしまうので、その使い方とかも含めて一長一短はあるとは思います。ローカル5G単独というよりも、ローカル5G+ライセンスバンドというところがたぶん一番使いやすいポイントでしょう。

工場の中で使う場合もIoTで電波を可視化したいという要望があるんですけど、ほとんどの場合、それ、Wi-Fi 6で十分なケースが多くてですね、ローカル5Gは遅延が致命的な場合、例えばアクチュエータとリアルタイムで通信する、という場合などに向いていると思います。フィードバックが必要ない状況であればWi-Fiで十分ですね。

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PHSみたいな5G?

──病院におけるローカル5G利用に関する将来の仮説のようなものは見えてきましたか?

池田 PHSが停波して、病院全体の無線をどうするか、通信をどうするかというのが2026年か2027年くらいから大問題になってくると予想しています。病院ではPHSで業務用の連絡をされているんですけど、PHSの部材は2027年度までしか保管しなくていいということになっているんです。PHS が一番使いやすいんですけどね。スマホを使っていると「あの看護師、スマホで遊んでる」と通報されることがあるのですが、PHSならその心配はない(笑)。

PHSを停止するのは本当にもったいないと思いますね。我々としては今、5Gの半導体チップを使っているんですけど、「PHSみたいな5G」でもいいかなと思っているんです。音声が猛烈にクリアなPHSのようなもの、ですね。高精細な画像が通るものと、高品質な音声がしっかり通るようなもの両方を作って病院などに提供してみたいなと考えています。

「ローカル5Gは結局映像用ソリューション」という話をよく聞きますが、実はビット単価当たりで一番お金がとれるのは、音声だったりするんですね。音声、重要なんです。ユーチューバーも映像よりも音声品質を上げると好感度が上がる、と聞いたことがあります。
実は当社はPHSの半導体チップを製造販売している最後の会社なんです。PHSチップを自社開発してもう20年くらい売っているんですけど、今、PHSのチップをリオーダーして、製造して売っている最後の日本の会社になっています。

──「連続通話時間がたったの6分の5Gガラケーをつくった」という不思議な記事をどこかで見かけました(笑)

池田 実は、「音声は大事ですよ」というメッセージを言いたかったんです。音声品質を重視すると「5Gのガラケー」は本当にアリだと思います。メディアの記事が少し変な方向性にバズッたというのが実際なんですが(笑)。Voice over IPというボイスの仕事も以前から手がけていまして、クリアな品質の周波数帯、量子化つまりどれくらい細かくデータにするといいか、当然データ遅延を最低限に抑えて、という前提です。データの遅延を私たちが一番敏感に感じるのが実は音声なんですね。データの遅延が音声の会話感覚に自分でも気がつかないくらい大きな影響を与えているんです。

今回、こうやってしゃべっていると(オンライン取材)どこかのサーバーへ行って戻ってきているわけです。相当な遅延が実は発生しています。電話の場合はそこが最小限になってきっちり飛ぶので「なんとなく快適」に感じる人が多いはずですが、ここは結構個人差がありますね。ローカル5Gを実装する場合でも、音声データをどうハンドリングしていくかに実は当社の強みが活かせると考えているんです。

世の中で言うクラウド経由のサービスは全部だめじゃないかとか、やっぱりオンプレでやらないという議論が少しずつ聞こえ始めていますね。確かに、最初は普通には使える、でもそのあと、普通の電話をするとさらに快適に感じるというのは、たぶん遅延に対する感覚なんです。どこかで脳がそういうふうに感じているはずなんですね。どのくらいの遅延で人間は「遅い」と感じるかは実は世界標準があります。何 ミリ/秒以内じゃないと、音声通話と言ったらダメというルールがあるんです。VoIPでも確かありますね。ただ評価が主観評価、つまり人間のサンプルでやるという原始的なものなので。1,000人使って、何人が不快と感じるかという、そういうデータをポイントでやるんです。客観的かつ科学的なデータはまだ少ないですね。

ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業

<経産省「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」>

池田 今、経産省が半導体に関してバリューチェーンを全体的に国産化しようという動きがあるのはご存知かと思います。TSMCの工場が熊本に進出してきたりしていますよね。その中で5Gの半導体チップの開発、データ用については弊社が受託しています。これがなぜできるかというと、ローカル5Gの回路をFPGAで動かしているからですね。そのFPGAで動かした回路をこのまま半導体に移していくという形を想定しています。

これが国産発の5Gチップになると思います。それで、クアルコムとバッティングしても仕方ないので、そこは産業用途として割り切って、FAとか、車に積めるようなデータ専用の、少し低価格な5G半導体チップという位置付けにするつもりです。だから、一応、ポスト5G半導体チップになっているんですね。リリース16以降の超低遅延機能をたくさん入れる予定です。ファンドリーは、今、熊本で話題になっているTSMCを使います。

三菱電機株式会社様が、ローカル5GにおけるFAとのリクワイアメント・ギャップに言及されていましたが、当社としてはこのあたりを解決するのはやはり半導体だろうと考えているんです。ポスト5Gといってもいいかもしれません。低遅延とか通信の信頼性とかいうところがポイントになる。URLLCに特化したもので、どの会社の工場でも使えるものを半導体として提供しようというのが当社の考え方です。

ローカル5Gの次の本命はミリ波の実用化

──今後のローカル5Gの直近の課題はなんでしょうね。

池田 最初の1、2年は騒がれてしばらく沈んで、ちゃんとしたものが出てきてまた盛り上がってくる、というハイプサイクルのようなものがあることはよく知られていると思うんですけど、今は、実証実験が大体終わりつつあって、これからちゃんと実用化にどうしたらいいかという課題が少しずつ出てきているフェーズですね。その中で幾つか課題があって、例えばもう少し普通のお客さん、Wi-Fi を使えるお客さんが使えるレベルのようなものになっていて欲しいとか、今までキャリア仕様になっていたものをそのまま転用しているレベルのものが多いのでアクセスポイントが使いにくい、設定が複雑、などいろいろな問題が指摘されています。なので、もっと簡単に使えるオペレーションのほうを簡素化していくというのが基地局の問題かなと思っています。一方、端末のほうは、まだコストが高すぎて、たくさん導入するという形にまでいっていないので、もう少しコストが安くなって、小型のものが出てくる必要があると思っています。そしてもう一つは免許ですね。免許取得をもう少し簡素化しないと、なかなか広がらないと思うので、その辺りは総務省さんにどんどん提案していきたいと考えています。

さらに、次はミリ波の実用化ですね。今の試作機の、Sub6の試作機といいますか、製品、検証用のものを作っているんですけど、ミリ波、コンバータを今ちょうど開発が終わって、2023年度からリリースする予定です。なので、ミリ波でフレームを書いたり、いろいろなことができる機材でして、実はこれ、一部大手、キャリアさんにもう既に売れているものになります。次のローカル5Gの本命は間違いなくミリ波の実用化ですね。

『FPGAの実装力で勝負する研究開発型企業』
執行役員 5G事業部長 池田博樹 氏